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一話

慶応三年十二月上旬ーー。
あの油小路の変から、後少しで一ヶ月になろうとしている。
あの後、一君も平助も新選組に戻ってきてくれたけど……新選組は、元には戻らなかった。
隊内は暗く、張り詰めた雰囲気に支配されている気がしたし……。
鬼たちが屯所を襲撃した時、亡くなった隊士も多い。
負傷した人はもっとたくさんいた。
……平助も、その一人だ。
あの夜、平助が重傷を負っていた姿は、一般の隊士も目にしている。
だから、平助は表向き死んだことにされ、【羅刹隊】の一員となった。
一君は無傷だったけれど、今は一般隊士たちから陰口を叩かれている。
一度は離隊して伊東一派につきながら、不利と見るやそれを裏切って新選組に舞い戻ったと思われているのだ。
事情を明かせば、口さがないことを言う隊士も減ると思うのだけど……。
局長や副長に批判の矛先が向かないよう、一君は頑なに口を閉ざしている。
彼は土方さんのはからいで、ほとぼりが冷めるまでしばらく屯所を離れることになった。
今は、紀州藩の公用人である三浦休太郎を警護する為、天満屋に滞在しているそうだ。

私は、羅刹隊の部屋へと足を向けた。
先の襲撃で、薬を飲んだ隊士たちの殆どが、風間に殺されてしまった。
そのせいか、部屋の中はひどくがらんとしている。


「……汐見君、ここに何か御用ですか?」

『あ、山南さん……』

「見ての通り、羅刹隊は壊滅状態。わざわざ来ても、何もありませんよ。」


言葉の端々から、緊張感が滲み出ている。

今の羅刹隊の状況を考えれば、当然かもしれないけど……。


『あのさ……、平助と話がしたいの。彼は、今どこに?』

「なるほど。君も物好きですね……」

『ごめん、大変なところに。』

「まあ、今ここで話ができるのは、私と藤堂君くらいですからね。私と話がしたくて来た、というよりはよほどまともでしょうね。」

『…………』

「いいでしょう。呼んできてあげますから、ここで待っていなさい。」

『うん。ありがとう。』


少しの間が、永遠にも思えるほど長く感じた。
こうして、ここに一人でいると……。
ここで過ごした羅刹たちの想念が、形を成して襲ってくるのではないかという思いに囚われる。
だってここでは、あまりにも多くの人の血が流れたから。
……山南さんや、平助の血も。


「……よう。」

『……ごめんね。急に呼んだりして。』

「別にいいけどさ。……ここに、何しに来たんだ?」

『…………』


会いに来たはいいけど……。
平助と、どんな顔をして話せばいいんだろう。
多分、平助も同じようなことを考えているんだと思う。
漂う雰囲気が、ひどくぎこちない。


『あの……身体の具合はどうかな、って思って。』

「ああ、そうだな。あの時の怪我は、全部治ってるみてえだ。」

『そ、そう……』


良かった、と言いかけて私は口を閉じた。

あの怪我では、平助は助かる筈はなかった。
その怪我が治っているということは、あの【薬】の効能ということで……。

平助がすでに羅刹となってしまったということの証明なのだ。


『…………あのさーー少し、傍にいてもいい?ううん、少しじゃなくて、迷惑にならない範囲でできるだけ傍にいたいんだけど、駄目?』

「なっ……」


私の勢いに戸惑ってか、平助はそのまま固まってしまう。

ど、どうしよう。
いきなりこんなことを言い出して、変だと思われた?

何か言わなくては、と思った矢先ーー。


「ぷっ……くくっ……あはははははっ!!」

『なっ……わ、私、そんなにおかしなこと言った?』

「いや、悪い悪い。そうじゃねえんだ。」

『???』

「おまえの気持ちがうれしくて、さ。オレもう、自分が生きてるのか死んでるのかよくわからねえから。」

『…………』

「でも、生きてるのか死んでるのかはわからなくても……自分が変わっちまったってことだけは、よくわかるんだ。」

『平助……』

「怪我はすっかり治ったし、これまでと変わらず動いていられるんだけど。なんか、お先真っ暗な気もするし……一人でいるとすげえ不安で、色んなことが頭ん中ぐるぐるしてたんだけど。」


平助はそう言った後、少しはにかんだような表情で私を見つめながら言う。


「……おまえと話したら、少し元気出た。」

『本当に?』

「ああ、おまえってすげえな。……ありがとよ。」

『いや……、お礼を言われるようなことじゃないわ。それに私だって、平助にはいつも元気をもらってたから。』

「そうか?今、オレがもらった分の方が多いんじゃねえかな?」


その表情は以前のままの、屈託がない平助のままだ。
羅刹や変若水を肯定することはできないけど、でも……。
この笑顔をまた見ることができて、本当に良かった。


『じゃあ……私、平助の傍にいてもいいのね?』

「ああ、もちろん。」

『よかった……少しの間だけじゃなくて、迷惑にならない範囲でできるだけ、でいいのよね?』

「あのなあ……そもそも、オレがおまえを迷惑だなんて思うわけねえだろ……おまえがそうしてえって思う限り、傍にいてくれよ。」

『いいの?』

「ああ。きっとそれで元気になるのは、オレの方だし。」

『……ありがとう。』


……良かった。
たとえ羅刹になってしまっても、平助は以前のままの平助のままなんだ。
私がこうして傍にいることで、少しでも彼が元気になってくれるなら、これ以上うれしいことなんてない。

心から、そう思った。


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