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三話

文の返事を書いている間に、日も暮れて夜になってしまっていた。


『疲れた……』


文机に突っ伏した時。


「千華、部屋にいるのか?入ってもいいか。」

『左之さん?別に、いいけど……』


私が返事をすると、すぐにふすまが開いて左之さんと新八さんが入ってきた。


「よう、悪いな。いきなり来ちまって。」

「いや、いてくれて良かったぜ。このまま左之と二人だけってのは、もう飽き飽きだからな。」

「何言ってやがる。飽き飽きしてんのがてめえだけだとでも思ってんのか?」

『なんでもいいけど。新八さん、左之さん……どうしたの?』

「話し相手になってもらおうと思ってよ。何しろ、まともに話ができる相手がいなくて。」

『話し相手がいない、っていうのは……』

「俺たちの立場が立場だろ?部下の前で愚痴なんて聞かせるわけにゃいかねえし。そもそも、隊士自体減っちまったし、他の幹部隊士も色々忙しいみてえだしな。」

『私もついさっきまでは忙しかったけどね。』


溜まりに溜めていた文へと視線をむけてげんなりしながらため息を吐いた。


「そもそも、近藤さんや土方さんがいけねえんだよ。」

「……また始まったか。」

「羅刹隊なんてよ……あんなもん、いつまで使い続けるつもりなんだ?」


新八さんの愚痴というのはどうやら、羅刹隊に関することらしい。
確かにそれなら、話す相手を選ぶだろうと思った。
一般の隊士には存在を伏せているから、話せる相手が限られてしまうだろうし。


「そりゃ、俺だって、平助には生きててほしかったけどよ……だからって、あんな方法で生かすなんて残酷だと思わねえか?」

『…………まあ、ね。』

「こんな時代に、腰に大小差してんだ。相手を斬ることもありゃ、てめえが斬られちまうこともある。そんぐらいは覚悟してるさ。だからって、ここはよ……死ぬことすら許されねえのかってな。」

「……おまえの気持ちはわかるけどよ、ちと言い過ぎじゃねえか?近藤さんや土方さんにも、色々と考えはあるんだろうしな。」

「その考えっつうのは何だ?この期に及んで大名になりてえとか、城を持ちてえとか抜かすんじゃねえだろうな?」


持てたらすごいよね。
てか、これ私の部屋まで来て話す必要ある?


「……そりゃまあ、近藤さんを本物の侍にするっつうのが、あの人たちの夢だったんだろうしな。」

「何だよ、左之?近藤さんたちを庇うつもりか?昔からの夢って大義名分がありゃ、変若水なんかに手を出してもいいってのかよ。」

「そうは言ってねえだろ……ただ、近藤さんたちの立場もわかるって言ってるんだよ。」

「何だよ、話にならねえな!シラフじゃ、やってられねえ!島原にでも出かけてくる!」


新八さんはそう言い捨てて、憤然とした様子で部屋を出て行ってしまう。
出て行くときの勢いで、部屋の灯りが消し飛んでしまうほどだった。
暗くなった部屋で、左之さんの小さなため息が聞こえる。


『ねえ……どうすればいいの?新八さんが……』

「放っとけ、放っとけ。さすがに島原で羅刹や変若水の話をする程、考えなしでもねえだろ。」


そんなことは知ってるけど。


『だけど……』

「ま、あいつは見ての通り、いい奴だからよ……だからこそ、許せねえことが多いんだろうな。」

『…………』


確かに、左之さんの言う通りかもしれない。
昼間の山南さんのこともそうだけど……。
何だか、新選組が以前とは少しずつ変わってきてしまっている気がする。


『あのさ……一つ、聞いてもいい?』

「ん、何だ?」

『左之さんは、どう思ってるの?その……、羅刹のこと。』

「そうだな……」


左之さんのため息が、硬そうな前髪を揺らした。
そして……。


「……さっき、新八が言ってたこともわからねえわけじゃねえんだ。死んじまう奴を無理矢理生かして、人じゃねえものにしちまって……そりゃ確かに、間違ってると思うさ。だが……あの薬がなきゃ、平助の奴が死んじまってたのは確かだからな。」

『…………』

「それに、近藤さんや土方さんの気持ちもわからねえわけじゃねえ。もし新選組がなくなっちまったら……、幕府に見限られちまったら、近藤さんや土方さんは、侍じゃなくなっちまうかもしれねえからな。あの人たちにとっちゃ、新選組以外の生き方なんてねえんだろう。きっと。……新八は元々、武家の出身だから、近藤さんたちの気持ちなんてわからねえかもしれねえが。」

『……皆が目指していたものが、少しずつ、ずれ始めてるってこと?』

「…………どうかな。そもそも同じ夢を見てたわけじゃなく、最初から違ってたのかもしれねえぜ。同じ場所を目指してるって、それぞれが勝手に思い込んでただけでな。」

『…………』

「何つうか……、しょうがねえことだっていうのはわかってるが。楽しい時期があったからこそ……、辛いもんだな。」


優しく大人で、頼り甲斐があって……。
どんな相手にでもさり気ない気遣いを見せてくれる左之さんだけど。
近藤さんや土方さんの気持ちも、新八さんの気持ちもわかるからこそ、より辛いのかもしれない。


「……悪いな、新八だけじゃなく、俺の愚痴まで聞かせちまって。」

『ううん、そんなこと……。私は皆の力になれるだけでうれしいから、気にしないでよ。さんざん、今まで迷惑かけてきたし。』

「……あのよ、千華。」

『何?』

「そうやって、自分を卑下する癖はやめた方がいいぜ。……俺たちはおまえが迷惑をかけたなんて思ったこともねえし。逆におまえはもっと頼るってことを覚えろよ。」


左之さんはそう言って、大きな手の平を私の頭にそっと載せてくれる。


「少なくとも俺は今おまえに話を聞いてもらって、心の疲れが取れたぜ。……迷惑をかけていても、誰かが傍にいてくれるだけで気持ちが楽になることはあるんだ。」

『……本当?』


この言葉を、優しさを……信じてもいいんだろうか。


「俺は、平然と嘘をつけるほど器用じゃねえよ。知ってるだろうが。」

『それはわかってる。けど……』


私でも、頼ってもいいんだろうか。
傍にいるだけで、誰かを元気付けることなんてできるんだろうか……。


「……さて、あんま長居すんのも何だし、そろそろ退散させてもらうぜ。」

『あっ……、うん!ありがとう。』

「礼を言うのは俺の方だろ。そんじゃお休み、千華。」


最後に私の頭をぽんぽんと軽く撫でてくれた後……。
左之さんは、部屋を後にする。
再び静かになった部屋で、私は思った。

もし、左之さんがあの薬を飲まなくてはいけない立場に置かれたら……。
彼は、どうするんだろう?
平助のように、変若水を飲んでしまうんだろうか……。


揺れ動いている新選組。
【羅刹隊】は……そして、新選組はどうなってしまうのだろう。
羅刹になった人、仲間が羅刹になるのを見ているしかなかった人……。
皆の気持ちもばらばらになってしまっているような気がする。
そして、数日後。
王政復古の大号令が下された。
王政が復古する。
それは、武士の時代が始まる前の姿ーー朝廷が政治を行っていた時代に還るということ。
幕府が、将軍職が廃止され、京都守護職、京都所司代までなくなってしまう。
新選組が信じてきたものが、大きく音を立てて崩れ始めようとしていた。


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