五話 「すっかり暖かくなったな……」 青空を見上げながら、平助は目を細める。 春の日差しが、私たちに向かって降り注いだ。 「ちょっと座ろうぜ、そこ。」 『ええ。』 私たちは並んで腰掛けた。 「なんかさ……。皆は、伊東さんのこと嫌ってるけどオレはさ、伊東さんの言うことが全部間違ってるとは思えねえんだ。このまま幕府の言う通りに働いても、正直言って……先はねえと思う。幕府のお偉いさん方はオレたちのこと、使い捨ての駒としか思ってねえだろうし。」 『それは……』 確かに、薬の件とか、色々なことを考えると……。 幕府に対して疑問や懸念を抱くのは、もっともだとも思う。 だけど、だからって昔馴染みの私たちと別れて、伊東さんについて行くのは正しいの? 伊東さんなら、近藤さんたちと違って上手くやれるって……そう思ってるんだろうか。 「伊東さんから、色んな話を聞いたんだ。幕府のお偉いさん方がどれだけ腐ってるか、今の日本が、どんなに危ねえ状況に置かれてるか。もちろん、伊東さんが言ってることが全部正しいとはオレも思ってねえよ。伊東さんも伊東さんで、何か考えがあるんだろうってこともわかってるし。」 『だったらーー』 「……でもさ、昨夜の伊東さんの様子を見て、オレ、改めて思ったんだ。同じ志を持って入隊してきた仲間を、薬の実験の道具にしたり……そのことを他の隊士に隠したりすんのは、どうしてもおかしいって……いつの間にか、オレも皆も、それが当たり前だと思うようになっちまってたけどさ。」 『平助……』 確かに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。 最初はおかしいって何回も考えたけど、繰り返すうちに当たり前になって……。 「でも、一つだけわかってくれよ。オレは、皆のことが嫌いになったわけじゃねえから。それだけは、嘘じゃねえからさ……」 『ええ……』 平助が言いたいことは、よくわかる。 多分彼は、私よりもずっと長い間、悩んで、考え続けてたんだと思う。 そんな彼が出した結論ならば尊重したいと思うけど、でも……。 『でも私は……、平助ともっと一緒にいられたらって……』 「うん……ありがとうな。そう言ってくれてうれしいよ。そりゃオレだって、おまえと離れるのが寂しくねえって言ったら、嘘になるけど。だけどよ、行くって決めたんだ……オレだって男だからさ。」 彼の内心が揺らいでいるのは、はっきりと見て取れた。 私の気持ちをこれ以上押し付けても、平助を困らせてしまうだけ……。 『うん……わかったわ、平助。』 離ればなれになる寂しさ。 それだけは、平助も同じ気持ちだと理解できた。 それだけで……、充分だった。 「……千華、今までありがとうな。」 『うん……、私の方こそ。正直に話してくれて、本当にありがとう。』 「はぁ……よかった。おまえにだけは、ちゃんと伝えておきたかったんだ。」 心の重荷が取れたのか、平助の表情には先程よりも明るさが戻っていた。 「それと……、ごめんな。」 『え?』 「おまえのこと、守ってやれなくて。」 鬼に狙われていることを言っているんだろう。 『ううん、いいの。それは大丈夫だから気にしないで。それよりも、平助……気をつけてね。』 「ああ、わかってる。無駄に命を捨てるような真似はしねえさ。約束するって。」 平助は立ち上がると、私の頭をくしゃりと撫でた。 「そんな顔するなって。おまえのそんな顔は見たくねえんだ。おまえは……笑顔が似合うから。」 私はその言葉に滲む涙を抑え込んで、いつものように笑みを浮かべた。 それから数日も経たないうちに、私の怪我は完全に治ってしまった。 怪我が治ったことを見抜かれないよう、しばらく包帯だけは巻き続けていたけど。 伊東さんや平助、一君がいなくなり、屯所はずいぶん広く、静かになった。 また、時と同じくして、幹部隊士の武田も隊を脱した。 仕方ないことなのかもしれないけど……。 かつて仲間だった人たちが、それぞれ違う道を歩んでいく。 そのことに、寂しさを感じずにはいられなかった。 |