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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
四話

そして、長い夜が明けた。
新選組の幹部隊士たちは皆、広間に集まっている。


「……皆、安心してくれ。峠は越えたようだよ。」


その言葉で、場の緊張がやや緩んだ。


「で、どうなんだ?山南さんの様子は。」

「今は、まだ寝てる。静かなものだよ。」

「今までの隊士たちみてえになっちまってるのか?それとも……」


新八さんが問いかけると、源さんは首を横に振った。


「……確かなことは、目を覚ますまでわからんね。見た目は、昨日までと変わらないんだが。」


その時、不意に襖が開いた。
そして、姿を現したのはーー。


「おはようございます、皆さん。ご機嫌いかがかしら?」

「うげっ、伊東さん……」


左之さん、新八さん、私の顔が一気に歪んだ。


「【うげ】とはご挨拶ですのね。皆さん、お顔の色がすぐれない様子ですけど。」

「そりゃ、朝っぱらからあんたの顔を見たせいに決まってるだろうが。」


素直か、あいつは。


「まあ、永倉君ったら。冗談がお上手ですこと。」


冗談ととったのね、割と本気の言葉だけども。

新八さんの言葉を軽く受け流した後、伊東さんは、居並ぶ隊士たちを見まわしてから言った。


「……皆さんの顔色がよろしくないのは、もしかして、昨晩の騒ぎと関わりがあるのかしら?」

「あ、いや、その、だな……」


近藤さんが助けを求めるように、周りに視線を送る。


「よし!……誤魔化せ、左之!」

「あ?俺か?実は昨日ーー」

「大根役者は、出しゃばらないでくれるかな。そういうのだったら、もっと得意な人たちがいるじゃない。」


え、マジで。

総司が目配せしてきたので、私と一君は、浅く頷いて伊東さんの前に進み出た。

仕方ないな、いっちょ頑張りますか。


「……伊東参謀がお察しの通り、昨晩、屯所内にて事件が発生しました。」

「まあ、事件ですって?」

『はい。だけど俺たちもまだ、全部を把握したわけじゃないんですよ。だから今の時点での説明は、余計な誤解を招くかなって。』

「ですので今夜にでも場を設け、詳しくお伝えさせて頂きたく存じます。」

「……そういうことですの。事情はわかりましてよ。今夜のお呼ばれ、心待ちにしていますわ。では、ごめんあそばせ。」


伊東さんはあっさりと説明を受け入れ、広間を後にした。
私はどっと一気に疲れが来て、ふぅとため息を吐きながら癒しの千鶴の元へと戻る。


「……何とか見逃してもらえたみたいだね。」

「えっ?見逃してもらえた、って……」


私に抱きつかれながら、千鶴は総司の言葉に疑問の声を上げた。


「……伊東さんは何だかんだで、頭が回る人だからな。幹部が勢ぞろいしてる場に、山南さんだけいねえんだ。あの人絡みで何かあったってことぐらい、すぐ勘付くだろ。」

「あ……」


つまり伊東さんは大まかな事情を察知した上で、あえて何も聞かずに退いてくれたってことだ。
すると不意に襖が開いて、山南さんが姿を現す。


「山南さん……!」

「……そんな、化け物を見るような目で見られても困りますよ。」

「山南さん!……起きてていいのかい?」

「少し、気だるいですがね。これも【薬】の副作用でしょう。……あの【薬】を飲んでしまうと、昼間動くことが困難になりますから。」


顔色は多少青ざめていたが、それでも、起きるのに支障があるほどではないらしい。


「私はもう、人ではありません。」


その言葉が、途方もない重さを伴って私たちの胸に落ちてくる。
私たち幹部隊士も、すぐには言葉が出てこなかった。
だが……。


「……いや、山南君。君が生きていてくれて良かった。我々は、それだけで充分だとも……!」


近藤さんは、山南さんの肩を強くつかみながら言った。
その目尻には、光るものが滲んでいる。


「……それで、腕の方はどうなんです?治ったんですか?」

「まだ、本調子ではありませんからね、自分でもよくわからないのですが……」


彼はそう言って、動かなかったはずの左腕を持ち上げた。
そして、手のひらを閉じたり開いたりの仕草を繰り返す。
その様子は、怪我をする前と何ら変わりがなかった。


「……治っているようですね。少なくとも、不便がない程度には。」


千鶴が小さく安堵するのがわかった。


「……あの薬を飲んだってことは、昼間、動けねえようになっちまったんだろ?それなのに、隊務に参加なんてできるのか?」


左之さんの言葉に私も内心で確かにと頷いた。
すると山南さんは、事も無げに言う。


「解決策は、あります。私が死んだことにすればいい。」

「なっ……!」

「これから私は【薬】の成功例として、汐見君とは別の羅刹を束ねていこうと思っています。」

「山南さん、それ、本気で言ってるのか!?」


私も新八さんと同じように目を見開いて彼を凝視した。
私の零番組はいまだ血に狂っていない者の集まりでできている。
昼の隊務の時は、予備の普通の隊士たちと昼に出ても大丈夫な奴らを連れて巡察へと連れていってはいるが。
それを彼は別に分けて束ねていこうというのだ。


「あんた、自分が何言ってるのか、わかってるのかよ!?」

「わかっていますとも。……永倉君、君こそ忘れたのですか?我々は【薬】の存在を伏せるよう、幕府から命じられているのですよ……私が死んだことにすれば、今までのように【薬】の存在を隠し通すことができる。それに、もし【薬】の持つ副作用を消すことができるのだとすればーーそれを使わない手は、ないでしょう?汐見君も問題を気にかけることなく昼の隊務に隊士を連れていける。」


山南さん以外誰も、口を開く人はいなかった。
きっと皆も心情的には、彼を止めたいんだと思う。
でも……。


「【薬】の実験は、幕府からのお達しでもあるしな……そうするしかない、か。」

「まあ、山南さんが自分で選んだ道ですし、止めたって聞く人じゃないですよね。」

『今までだって、そうだったものね。』

「……よくわかっていますね。その通りですよ。」


やがて土方さんが、苦いものを目元に浮かべながら漏らす。


「……屯所移転の話、冗談じゃ済まされなくなったな。山南さんを伊東派の目から隠すには、広い屯所が必要だ。ここじゃ狭過ぎる。」

「……同意します。【薬】の研究を続けるのであれば尚のこと、移転を急ぐべきかと。」

「よし、ろくに寝てねえとこ悪いが、話し合いを始めさせてもらうぜ。」


うっそ〜。
私、そろそろ限界に近いんですけどお。


「雪村、おまえは部屋に戻ってろ。昨夜、ろくに寝てねえだろ。」

「……はい、わかりました。それじゃ、失礼します。」


千鶴は私たちに一礼した後、広間から退去した。
千鶴の足音が遠ざかるのを確認して、私たちは話し合いを始めたのだった。


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