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二話

日が完全に沈んだ頃、私たち幹部は廊下を全速力で駆けて、土方さんと近藤さんがいる広間へと向かった。


「まさか山南君が、自ら【薬】に手を出してしまうとは……」

「ったく、どいつもこいつも何してやがるんだ!山南さんから目を離すなって、あれだけ言ったじゃねえか!」

「……んなこと言われてもよ、【薬】を飲むとは思わねえだろ?普通。あれを管理してたのは山南さんだったから【薬】を持っててもおかしくはねえし。」

「小瓶一つぐらいなら、懐に隠し持ってても気付かなかっただろうしな。確かにあの【薬】を使えば、腕は治るかもしれねえだろうがーー……あれは、失敗作なんだろ?飲んだ連中も皆、血に狂っちまった。」

『私の隊からも何人か犠牲が出てるしね。てことは山南さんは……』


新八さんと左之さんの言葉に続くように私が口元に手を当てながらいうと、一君が口を開いた。


「山南総長は独自に【薬】の改良を続けていたと聞きます。理性を保ったまま腕の傷を治す。その成功に、賭けたのでしょうがーー失敗を悟った山南総長は、総司の制止を聞かず自刃した、と。」

「自刃……!?」


急に聞こえた声に私たちははっとそちらを振り返った。
広間中の視線が一斉に千鶴に集まる。


「……どうしておまえがここにいる?」

「あ……」


鋭い眼差しに射抜かれて、千鶴は言葉を詰まらせた。
土方さんのあの敵意のある眼差しは、彼女が屯所に来た時と同じだ。
千鶴を殺すかべきか、考えているーー。


「……トシ。そろそろ彼女にも、聞いてもらった方がいいんじゃないか?彼女は綱道さんの娘だ。知る権利はあるだろう。」


不意に綱道さんの名前が出たことに彼女は驚いた様子を見せた。
土方は苦々しげに顔を歪めていたけれど、やがて、諦めたように長い息を吐いた。


「……先に言っておく。おまえは、新選組に必要ねえ人間だ。綱道さんを捜す役には立つかもしれねえが、おまえが居なくてもどうってことはねえ。もしおかしな真似をすれば、即座に殺す。……そいつを、てめえの肝にしっかり銘じてから話を聞け。」


まるで、刀を首筋に宛がわれているようだ。

こっわ。


「私……、殺されるんですか?」


不安に駆られたように瞳を揺らしながら千鶴が尋ねると、土方さんは、面倒くさそうに目を細める。


「……まだ殺さねえよ。もっとも、いつ死のうとも困らねえがな。」

「あ……」

『ちょっと土方さん。あまりにも千鶴に怖い思いさせるんなら、私が土方さんを斬りますよ。』


彼女をこちらに抱き寄せて庇うようにしながらそう言うと、土方さんは私を見ながら面倒くさそうにため息を吐いた。
そんな彼にべーっと舌を見せる。


「……今までは君にも伏せていたのだが、綱道さんは元々ここで【薬】の研究をしていてな。」

「それって……」


千鶴は続く言葉を一旦飲み込んでから、頭の中で問いを慎重に組み立てて、改めて尋ねる。


「山南さんが、飲んでしまったものですか?」


近藤さんは重々しい仕草で頷いた。


「……あの【薬】は元々、幕府の高官がここに持ち込んだものだ。何でも、西洋との交易で手に入れた物だと聞かされている。」

「人間の筋肉と自然治癒能力を、爆発的に高める西洋渡来の薬……あれを飲んだ者は、野生の獣と渡り合うことも不可能ではなくなる。致命傷でなければ、傷はたちどころに塞がる。つまりーー」

『……首を落とされるか心臓を討たれない限りは、戦い続けることができるってわけ。』


一君の言葉に続いて私はそう言った。

鬼と似たような物だが、根本的には違う。
自然治癒や筋肉を爆発的に高めることは鬼でもできる。
本来、鬼が成せることがそれだ。


「……但し、あの薬には甚大な副作用がある。」

「副作用……?」

「あれを飲んだ人間は狂気に駆られ、人の血なしでは生きることさえできなくなるのだ。」


そこが鬼との違いだ。
鬼は狂気に駆られることなく、人の血を吸わなければ生きていけないなんてことはない。


「……新選組の隊士を実験台に、【薬】の改良を続けていたのが綱道さんだ。」

「父、が……」


千鶴にとっては酷な真実かもしれない。


「もしかしてあの夜、私が見たのも……?」


千鶴の問いに、一君が頷く。


「……薬を飲んだ隊士たちは、南部邸にいる。八木邸では、一目につくからな。血に触れぬ限り、正気を失うことはない。我々にとっては御しやすい者たちだ。」


冷静に淡々と語る一君。


「……大丈夫か、千鶴。顔色悪いぜ。」

『ほんとに。大丈夫?』

「だ、大丈夫です……」

「無理すんな。こんな話を聞かされりゃ、気分も悪くなるよな。」


左之さんの言葉に私はうんうんと頷いた。


「……おしゃべりはその辺にしとけ。今は、山南さんのことが先だろうが。」

『って言ってもどうするのよ?山南さん、死にかけてるじゃない。』

「あの【薬】は、ここに持ち込まれたばかりの頃とは違う。……まだ、狂うと決まったわけじゃねえ。【薬】が効いてるんなら、どんな怪我でも治る筈だからな。」


低く抑えたような声音はまるで、己に言い聞かせているかのようでもあった。


「近藤さん。あんたは山南さんの様子を見てきてくれるか。……今夜が、生きるか死ぬか狂うかの瀬戸際だろうからな。」

「……うむ、行ってこよう。確か、彼の部屋には総司もいるのだったな。そうだな?千華。」

『ええ……総司が看てるはず。』


近藤さんは重々しく頷いた後、山南さんの部屋へと向かった。


「……山南さんの部屋には誰も近づけるな。特に、伊東派の連中はな。」

「ああ、わかってる。」

「新八。前川邸の様子を見てきてくれるか。」

「わかった。」


新八さんは広間を出る直前、私の隣にいる千鶴にちらりと視線を送った。
そしてそれから私へと視線を送って頷きかけてから出ていった。


「斎藤は、中庭で待機しろ。伊東一派の警戒と牽制を頼む。」

「……御意。」

「千華。おまえも何かあったときのためにいつでも動けるように準備しておけ。それと南部邸を見てきてくれ。」

『了解。』


やがて土方さんは、改めて千鶴へと視線を向ける。


「雪村。おまえも、今夜は幹部のそばにいろ。」

「……はい。」


多分この言葉は、千鶴を案じてのものではなくて……。
今、勝手に屯所を動き回られると困るってことだ。


「裏の南部邸には、絶対に行くんじゃねえぞ。連中、夜は気が立ってるからな。」

「……はい。」


左之さんは私に視線を向けて頷きかけた。
私もそれに頷き返して、腰にある刀をひと撫でして南部邸へと向かった。


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