君のための
海軍から逃げ切った〈サウザンドサニー号〉の上で、カナは甲板の芝生に倒れ込みながら空をボォーッと眺めた。
鳥が空を飛ぶ様を見つめる。そしてポツリッと呟く。
「やっぱ食っとけばよかった······」
『よくねーよ。』
隣で楽譜の整理をしていたティアナがカナの呟きにすぐに返すと、カナはガバリッと起き上がった。
その拍子に楽譜が舞い上がってバラバラになる。ティアナはそれにため息をついてカナを睨みつけた。
せっかく整理してたのに!
「なんで!?なんでそう言い切れるの!?」
『あんなの食べてお腹壊しても知らないよ!?』
「カナがお腹壊したことある!?」
『ないけど!!』
顔を突き合わせて言い合うふたりに、傍にいたロビンが楽しそうにフフッと笑う。
「ティアナーー!」
ティアナを探しに来たルフィが言い合うふたりを見て、首を傾げた。
「なんの話してんだ?」
「『イカフラの話。』」
ルフィを振り返って同時に言い放った言葉に、きょとんとしたロビンがまたフフッと笑って本に目を落とす。カナがキッとティアナを睨みつけた。
「あんとき食っとけば今言わなかったのに!」
『あの時は逃げるのに必死だったから仕方なかったでしょ。だいたいサソリ食べてたじゃん』
「あれあんまりおいしくなかったの!」
『あんなに美味しそうに食べといて!?』
ぎゃあぎゃあとふたりの言い合いを聞いていたルフィが、ムッと不機嫌そうな顔でティアナを抱き上げた。
『きゃあッ!?』
「行くぞ、ティアナ!」
そのままドタバタとどこかに行くルフィたちを見送ったカナとロビンが顔を見合わせた。
「嫉妬したの?あの言い合いで?」
「フフ。可愛いじゃない」
カナにばかりでなかなか自分に顔を向けてくれないティアナに嫉妬したルフィがティアナを連れ去ったのだ。それがわかったふたりは、暖かい目でルフィとティアナを見送るのだった。
***
バーンッとドアを開けてアクアリウムバーに入ったルフィは、ソファに座ると膝の上にティアナを座らせた。
『もぅ、ルフィ!』
怒ったようにルフィを見るティアナの顔に、ルフィがニシシッと笑う。
『なに笑ってんの?』
「んにゃ、別に!」
今さっきまでカナに向いていた視線が自分に向けられたことに嬉しいルフィの気持ちなどわからないティアナは楽しそうなルフィの顔を見て、まぁいっか···と怒りなどどうでもよくなった。
「ティアナ、約束だぞ」
『ん?』
「歌。おれのために歌ってくれって言っただろ?」
あ…と思いだしたティアナはそれで自分をここに連れて来たのかと理解した。確かにビリーの上で約束した。
じっと自分を見るルフィの黒い瞳に、ティアナは照れくさそうに視線を逸らした。その頬と耳が赤くなってるのに気付いたルフィがニシシッと笑う。そんなルフィの様子を背後に感じながらティアナはゆるりと口を開いた。
───
ねぇ 今すぐにキミに逢いたい
素直になりたい
特別な目で私を見て欲しくて
ありのままのキミが好きだよ
本当の思いを伝えたくて
ずっと I love you…
別に多くは求めない
この心に気づいて欲しいだけ
触れたり 寄り添ったり
単純でいいの
キミの傍で笑っていたい
So many times 誰かといても
I think of you 考えてしまうの
抱えている弱さがあるなら
支えてあげたい
守りたいって思うよ
ねぇ 今すぐにキミに逢いたい
素直になりたい
特別な目で私を見て欲しくて
ありのままのキミが好きだよ
本当の思いを伝えたくて
いつも I love you···
無邪気な笑顔 力強い腕
愛しくなる背中
一緒にいれば
いるほど惹かれる
不思議なくらい
ねぇ 今どこで何をしてるの?
誰が好きなの?
私の事はどんな風に思うの?
世界中でたった一人のキミに贈る歌
届けたくて
いつも I love you···
ねぇ 今すぐにキミに逢いたい
素直になりたい
特別な目で私を見て欲しくて
ありのままのキミが好きだよ
本当の思いを伝えたくて
ずっと I love you···柔らかい唇から紡がれる歌をルフィは聞き入っていた。するりと心に入ってくる歌声と、人を惹きつける瞳。ルフィはぎゅっとティアナを抱きしめた。
『ルフィ······?』
声をかけても答えないルフィに、心配になったティアナが、ルフィの腕の中で体を回転させると切なそうに顔を歪ませたルフィがそこにはいた。
ズキッとティアナの胸が痛む。
どうしてそんな顔するの······?
あたしのせい······?
ぎゅっと拳を握ったティアナは、ルフィの両頬に手をあてるとチュッと軽くキスをした。驚いたように目を丸くするルフィの黒い瞳にティアナの姿がうつる。
『どうしたの?』
「いや······シキが言ったこと思い出してた」
『シキ?』
「あァ······」
ティアナを可愛がって、ティアナの歌も独占すると言ったシキ。
そんなこと言われて嫉妬しないのかと言われればもちろん否。するに決まってる。
「あいつ、言ったんだ。ティアナの歌を独占できるって······」
ティアナの歌を独占しているのは自分なのに、思い出してイライラしてしょうがない。
『でもさァ······結局シキは独占できなかったじゃん。今してるのはルフィで、これからもこの歌声を独占できるのはルフィだけなんだよ?』
なんでもないふうにあっけらかんとそう言うティアナ。
ルフィがティアナを見上げると、彼女は逆になんでそんな切なそうにしてたのかわからないというふうに首を傾げた。
『ねぇ、その歌姫を独占してるっていうのに······ルフィはあたしのことだけを考えてくれないの?』
ちょっと拗ねたように口をとがらせてそう言うティアナが可愛くて、ルフィは頬を染めながら笑うと、可愛く口をとがらせているティアナの口にチュッとリップ音を立ててキスをした。
『んっ······』
「おれはいつもおまえのこと考えてるけど?」
シキとの戦闘の時だって、いつだってティアナの笑顔が頭にあった。
アクアリウムバーに響いたリップ音にティアナは赤い顔で口元に手の甲をあてる。照れ隠しのティアナの癖。それを長年の付き合いでわかってるルフィは口元の手を外すと、スッとティアナに顔を近づけた。
近距離で目が合う桜と黒。
そうだ。ティアナの照れた顔も、透きとおるような歌声も、笑顔も、泣き顔も、拗ねた顔も、ティアナの可愛いところは全部自分が独占している。仲間やカナでさえ知らない顔もおれは知ってる。
「好きだ、ティアナ。離れたいって言っても離してやんねェからな?」
『まず離れたいなんて思わないから大丈夫』
自然と引き合う唇が重なり合う。キスをしながらソファに押し倒すと、ティアナの銀髪がソファに散らばった。
『·········大好き、ルフィ』
甘い空間がアクアリウムバーに流れる。
外では元気に走り回るウソップやチョッパーや、カナの声が響いていた。