君のための
〈サウザンドサニー号〉は薄明の空を行く。
帆ではなく、
海賊旗で作ったパラシュートを広げていた。フランキーがシキの王宮に掲げられていた巨大旗を奪って、即席でこしらえたものだ。
局地的な暴風雨をもたらす〈
偉大なる航路〉のサイクロンをやりすごして、船は、ゆっくりと下降していく。
甲板に集まった〈麦わらの一味〉の仲間たちは、空中群島をふりかえった。
「ルフィ······」
チョッパーが、呆然と船長の名をつぶやいた。
目の前でおきている天変地異は、一つの世界の終わりは、あまりにもスケールが大きすぎた。なにか手を下せる状態ではなかった。
サイクロンは空中群島を呑み込むと、さらに天へむかって雲の腕を広げはじめた。
淡い朝焼け空を背景に、暗色の雲がふくらんでいく。
雲の巨人のようだった。
幻想的な光景のなかで、船べりにはりついて目をこらしていた仲間たちは、そのとき、たしかに声を聞いた。
───ォおおお······!
この声は。
「ルフィ······?」
仲間たちは、はっとなった。
どこだ、ウソップがあたりを見まわす。
ナミは気がついた。
ビリーは······?ティアナもいない······。さっきまでここにいたのに······?
ナミがハッとカナの方を向くと、それに気付いたカナが人差し指を口に当ててシーッと笑った。
その直後、雲を破って翼が飛び出した。ビリーだ。その背中には、彼らの船長と副船長を乗せていた。
「いよっしゃァ〜〜〜!」
フランキーがパンツ一丁でガッツポーズをする。
「よくぞ無事で!よかったァ〜〜〜!」
「うんうん。本当によかっダァ〜〜〜!」
ガイコツだけど泣きそうな顔になっていたブルックと、チョッパーが、手と手をあわせてよろこんだ。
「やったぞ!これで
東の海は無事だァー!」
ウソップは男泣きした。
「だが······しまらねェな、あの姿は」
ゾロが頭をかいて苦笑を浮かべた。
「ああ」
「あーやってみると、ティアナの人形みたいだね」
「うん······ほんと」
「フフ」
一服つけたサンジと、あきれるカナと、涙を隠さぬナミと、そしてロビンが笑う。
“ギア3”の反動で、ルフィは例によって、空気が抜けた風船みたいに小さくなってしまった。
ビリーの背に乗った、ティアナに抱かれているちびルフィは、サイクロンのまわりを旋回した。
『大丈夫?ルフィ』
「ああ!」
ルフィはティアナを見上げてニカッと笑った。
その笑顔に、ティアナの桜色の瞳が揺れる。
「!? な、泣くなよ!」
ぎょっとしたルフィがティアナを見上げて、あわあわと慌てる。
体が元の大きさであったならすぐにその涙を拭えるのに、今のこの体では拭うことすらできない。
ティアナはポロポロと涙を流しながらルフィを抱きしめた。
『······ありがとう······守ってくれて······』
嗚咽をこぼしながらも、なんとか言葉にできたティアナに、ルフィは彼女の顔を見上げた。
「なァ、ティアナ······」
『なに?』
「あとでいっぱい、歌ってくれよ。おれのために。おれだけのためにさ」
いきなりのルフィの言葉にきょとんとしながらも、ティアナは花が満開に開いたような可愛らしい笑みを浮かべて『うん!』と頷いた。
そんな彼女の笑みを見たルフィもしししし!と笑ったのだった。
***
着水した〈サウザンドサニー号〉は、パラシュートを切り離すと、すぐさま帆をはった。
砲声の直後、包囲に、いくつもの水柱が立ち上がる。
海軍の存在には、落下中に気がついていた。ここは逃げの一手だった。
「あたらねェよ、バーカ!」
『あははっ!』
ビリーとともに帰還したルフィは、楽しそうに笑い声を上げるティアナを横抱きにして、海軍の砲撃をからかった。
「へへん!驚くなよ、てめェら!この船の逃げ足に!」
ウソップ、チョッパー、ブルックのお調子者たちも、海軍にむかって、お尻ペンペンして挑発する。
カナもあっかんベーをしてからかっていた。
「よ〜〜〜し!ぶっ飛べ、フランキー!」
“
風来・バースト”をリクエストしたルフィだったが、パンツ一丁で舵を握った操舵手は、かぶりをふった。
「もう、コーラねーよ」
「「「「「ええええっ〜〜〜〜〜!?」」」」」
ルフィ、カナ、ウソップ、チョッパー、ブルックは声を上げた。
海軍艦隊は、ぐんぐん風をとらえて迫ってくる。
「やばいって!いつの間にか、右舷にも軍艦が!」
『
櫂出して!漕ぎまくるよ!』
造船技術の粋をあつめたハイテク高性能船も、ついに人力に頼るしかなくなった。
海軍と海賊。
追う者と追われる者の、追いかけっこが、またはじまった。
「撃て!撃て!撃て!」
「漕げ!漕げ!漕げ!」