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残された思い


月は朧に霞み、空中群島メルヴィユに夜が訪れた。

破壊された村で、助け出されたルフィたちは意識を取り戻した。みな、シキに対して口惜しいといった様子で、うつむく。


「ティアナ、目大丈夫?」
『うん······』


目の上を切ったティアナはチョッパーに手当てをされて、右目がガーゼに覆われた状態でルフィの傍に立っていた。


「悪ィ、ティアナ······」
『ううん、これはあたしの不注意だし。ルフィは悪くないよ』


守らなければならない大切な少女ヒトを守れなかったルフィは、ギリッと歯噛みをするが、それに気付いたティアナがルフィの頬に手をあてて俯いていた顔を上げさせた。黒い瞳と片目の桜色の瞳が交じり合う。


『こんな傷、すぐに治るよ。だから、大丈夫。ね?』


優しく微笑むティアナをルフィはぎゅっと抱きしめた。こんなに彼女を傷つけたシキに怒りが沸き上がる。

カナもティアナの右目に貼られたガーゼを見ながら顔をしかめて目を閉じた。



***


「シキが、東の海イーストブルーの事件をおこした張本人······!?」
「ええ」


ロビンはルフィに伝えた。大勢の海賊が、この島に集結していること。シキは世界政府の転覆を狙って、その手はじめに、東の海イーストブルーを滅ぼすつもりであること。


「あの怪物どもをつかって、東の海イーストブルーをめちゃめちゃにしようってわけか······クソ野郎が。人をコケにしやがって」


あのフワフワジジイは、自分たちを敵とさえ認めていなかった。サンジは悔しそうに唇を噛んだ。


「ナミは故郷を守るために、ひとりでシキについていっちまった」


自分たちがとどめを刺されなかったのは、ナミが救ってくれたからだ。
医者のチョッパーの治療を受けながら、ウソップは、シキとのやりとりのことを話した。


「············!シャオ!無事だったのか!」


チョッパーが顔を上げた。
むこうからシャオと、老婆を背負った母親がやってきた。
シャオは、ふるえながら小さくうなずいた。村が壊滅したことにショックを受けているのだ。


「地下壕に隠れていたから······」


母親がいった。まれにダフトグリーンをくぐりぬけて村に迷いこむ怪物もいたため、あらかじめ地下壕を用意していたのだという。


「そうか」
「それより今の話······東の海イーストブルーってのは、あんたたちの故郷なのかい······あのも、そこが故郷なのかい?」
「ああ、そうだ」


ルフィが答えると、シャオと母親は息を呑んだ。


「わたしは、なんてことを······!」


母娘の頬に後悔の念が浮かんだ。ふたりはナミの前で、早くシキが東の海イーストブルーに行ってしまえばいいと口にしてしまったのだ。


「───なんて、ひどいことをいってしまったんだ」
「わたしもシキがいなくなるって、よろこんじゃった······!」


シャオは嗚咽した。


「······おまえら、すげェなシャオ。自分たちの村が、こんな、めちゃめちゃになってるのに······ナミのこと気遣ってくれてよ。こんなに心のやさしいやつら、見たことがねェよ。ちっともひどくなんかねェ······!ひでェのは、シキのやつだ。おれが、あいつをぶっとばしてきてやるからよ!元気出せ、な!」


ルフィがいった。ティアナとカナはそんな彼の様子に顔を見合わせて微笑を浮かべる。そしてカナはくしゃりとシャオの頭を撫でた。


「そうそう。ありがとね、シャオ」


ティアナもシャオに近づいてニコリと可愛く微笑むとシャオの背に合わせるようにしゃがみ込んだ。


『大丈夫、ナミはシャオたちの言葉なんか気にしてない。悪いのは全部シキなんだから。だからそんなに追いつめないでね』


そこで、シャオが手にしていたものに気づいて、たずねる。


『シャオ······その貝、どうしたの?』
「? ああ、これ······今さっき、ここでひろって······」
『ちょっと見せて』


ティアナが差し出した手に、シャオは貝をわたした。


「なんだ、音貝トーンダイヤル?」


ウソップが気がついた。それは先日、シキが送ってよこしたものとおなじだった。
ティアナのもとに、仲間たちがあつまった。
音貝トーンダイヤルは、声を録音できる。そこには、なんらかの伝言が残されているかもしれない。


《───みんなの前から、黙って立ち去ることを、許してください》

「ナミの声だ!」


チョッパーが声を上げた。そんなチョッパーの頭をカナが撫でる。


《わたしはシキの一味で航海士をすることにしました。シキは······たとえルフィたちが逆らっても、絶対に敵わない伝説の海賊······みんながわたしを追ってきてくれても、命を落とすことになる。······これだけいっておきます───》


伝言を聞いていたルフィの顔が、みるみると怒りの表情に変わった。


「なんだ、こりゃァ〜〜〜ッ!」


その雄叫びの意味を、言葉で説明しろといってもルフィにはできないだろう。

シキに敵わないといわれた悔しさ。しめっぽい伝言を残して、勝手に犠牲になろうとするナミへの想い。大切なティアナをシキに傷つけられた怒り。

それらはぐちゃぐちゃになった、海賊王をめざす少年の、ただ、そうあってはならないという、むきだしの感情そのものだった。


「なんだ、あいつ······ナミ!こんな言葉、残しやがって!」
「おちつけ、ルフィ!」


ウソップがたしなめたが、ルフィの興奮は治まらない。あまりの剣幕に、シャオは例によって気絶してしまった。


「おれたちが絶対、敵わないだと······!?」
「現におめェら、全員まとめてシキにやられちまったんだろ?」
「ちょっと、フランキー」


フランキーの不用意な発言が火に油をそそいだ。カナが目でフランキーをたしなめる。


「なんだとォ?これは······!別に!おれは······!」
『ルフィ、おちついてってば!』


フランキーにくってかかったルフィを、ティアナが止める。背中から抱きしめてルフィを止めるティアナをルフィは振り返った。その時、ガーゼに覆われた右目が目に入る。いつもなら両瞳とも綺麗な桜色が自分を見つめるのに、今は片瞳しか見えない。


「くそっ!」
『あ、ルフィ······!』


ルフィは優しくティアナを引きはがすと、くるっと背中を向けた。そのまま、どこにいるかもわからないシキのところにむかおうとする。


「ねえ、ティアナ。もう一度、聞かせてくんない?」


カナがうながした。


『え?あ、うん······』


まだ伝言の途中だった。ティアナは、もう一度、音貝トーンダイヤルの再生ボタンを押した。


《───みんなの前から、黙って立ち去ることを、許してください。わたしはシキの一味で航海士をすることにしました。シキは······たとえルフィたちが逆らっても、絶対に敵わない伝説の海賊······みんながわたしを追ってきてくれても、命を落とすことになる。······これだけいっておきます───》

「ふん!」


ゴムゴムパンチが、さっきまで彼らを生き埋めにしていた土の塔を、コナゴナに打ち砕いた。
轟音と土煙のなかで、ナミが最後に小声で言い残した言葉が、仲間たちの心に伝わる。


「ハァ······!ハァ······!」


ルフィは憤激し、ヒートアップした。
彼らの船長は、やる気だ。仲間たちはナミの言葉を胸に、ふたたび戦場にむかった。



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