ー和人sideー
どうやって家まで帰ってきたのか、一切記憶がなかった。
気付くと俺は自室のベッドに腰掛け、ぼんやりと壁を見つめていた。
───
『僕と明日奈が結婚するという話だよ……』───
『そしていずれは沙稀とも』───
『明日奈と沙稀の命は今やこの僕が維持して……』脳裏に、須郷の台詞が何度も何度もフラッシュバックする。
そのたびに白熱した金属のような憤激が俺を貫く。
だが───。
あるいはそれも俺のエゴにすぎないのだろうか。
須郷は昔から結城家と一ノ瀬家にごく近しい人間であり、事実上のアスナの婚約者でもあったわけだ。
結城彰三氏や一ノ瀬静音氏の信頼も厚く、レクトで責任ある立場に就いてもいる。
アスナやランカがあの男の妻になるのは遥か昔から予定されたことであり、それに比べて俺とシュンは単に、仮想ゲーム内で触れ合っただけの人間でしかない。
この憤り、ランカをあの男に渡したくないという怒りは、矮小な子供の我が侭なのか───。
俺たちにとっては、浮遊城アインクラッドだけが真実の世界だった。
そう信じていた。
あそこで交わした言葉、約束、全てが宝石のように光り輝いていた。
だが、現実という名の粗い砥石が容赦なく思い出を磨り減らす。
記憶をくすませていく。
───
『僕、一生キリト君の隣にいたい───』ランカの言葉が、笑顔が遠ざかる。
「ごめん……ごめんランカ……俺……なんにもできないよ……」
今度こそ堪えきれなかった涙が、ぽた、ぽたと握った拳の上に落ちた。