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ー和人sideー




俺はざっとシャワーを浴び、着替えると、ひと月ほど前に新調したマウンテンバイクにまたがって家を出た。


南に向かってゆっくりと漕ぎ出す。


目的地までは片道十五キロメートル、自転車で往復するには多少距離があるが、リハビリ中の俺にはちょうどいい負荷だ。


これから向かうのは埼玉県所沢市───その郊外に建つ最新鋭の総合病院。

最上階の病室に、彼女が静かに眠っている。


二ヵ月前、俺はSAOの舞台である《浮遊城アインクラッド》の第七十五層に於いて、最終ボスたる《神聖剣》ヒースクリフを倒し、あのデスゲームをクリアした。

その後に見知らぬ病室で覚醒し、俺は自分が現実世界に帰還したこを悟った。


しかし、彼女───俺の従姉妹であり、攻略パートナーであり、誰よりも愛した人でもあった片手剣使い、《桜の舞姫》ランカは還ってこなかった。

彼女の消息を調べること自体はそれほど苦労しなかった。


東京の病院で覚醒した直後、覚束ない足で病室を彷徨い出た俺はすぐに看護師に見付かって連れ戻され、その数十分後、スーツ姿の男がひとり息せき切った俺を訪ねてきた。


彼は《総務省SAO事件対策本部》の人間だと名乗った。


俺は、現れた黒縁眼鏡の役人に条件を出した。


知っていることは可能な限り話す。
そのかわりに俺の知りたいことを教えろと。

知りたいこと、それは無論ランカの居場所だった。


数分間携帯であちこち電話をかけまくった挙句、眼鏡の男は、当惑を隠せない表情で俺に言った。





「一ノ瀬沙稀は、所沢の医療機関に収納されている。だが、彼女は、まだ覚醒していない……彼女だけじゃない、まだ全国で約300人のプレイヤーが眼を覚ましていないらしい」





サーバーの処理にともなうタイムラグと当初は思われた。

しかし、何時間、何日待とうとも、ランカを含む三百人が目覚めたという知らせはこなかった。

行方不明の茅場昌彦の陰謀が継続しているのだと、世間では騒がれた。




俺はリハビリが一応終わり、自由に動けるようになった直後から現在まで、可能な限り定期的にランカの眠る部屋を訪れている。


それはとても辛い時間だ。

何よりも大切なものが理不尽に切り離される痛みによって、魂の深いところが傷つき、血が流れるのが判る。

しかし、俺には、それ以外にできることがない。

あまりに無力で、ちっぽけな、今の俺には。
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