モーニングティーを十分満喫した園子は「さーてと」と立ち上がった。
カフェの時計は九時八分を示している。
「これから何しよっか」
「うん。泳ぐにはまだちょっと寒いしね」
立ち上がった蘭は椅子の背に掛けたウインドブレイカーを取った。
子どもたちが蘭に注目していると、小五郎も「よっしゃ!」と立ちあがった。
「俺はそろそろ着替えねーと」
「え?着替えるって?」
蘭がたずねると、小五郎はフフンと得意げな顔であごに手をやった。
「実は麗姉妹から······お誘いを受けてんだ〜!」
「ええっ!?」
「名探偵、毛利小五郎の話を聞きたいそうだ。じゃあな〜」
小五郎は嬉しそうに手を振って船内へ戻っていき、蘭たちはあきれた顔で見送った。
「なかなかやるわね、おじさま」
「いつそんな約束したんだろうね」
園子とコナンの言葉に蘭は「······ったく」と苦笑いした。
「ほっときましょ。───それよりみんな何したい?」
ウインドブレイカーに忍ばせたプレゼントに蘭がいつ気づくかと注目していた子どもたちは、突然聞かれてびくりとした。
「えっ?あ······あ〜と」
「あっ、わたしかくれんぼしたい!」
「お、面白そうですね!」
「や、やろうぜ!」
歩美の提案に光彦と元太が慌てて賛成し、蘭と園子は顔を見合わせた。
「かくれんぼかー、なつかしいな。子どもの頃、よくやったよね」
「うん。公園とか、わたしンちとかでね」
「小学校でも一度やったことあるんだよ」
園子が「へぇ、そうなんだ」と驚く横で、コナンと花恋は((かくれんぼなんてやってられるか/やってらんないよ))と心の中でぼやいた。
「悪いけどオレ、パス」
『私もパス、興味ないし』
と椅子から下りると、子どもたちが「ええっ!?」と声を上げた。
「やりましょうよ、コナン君!!花恋さん!!」
「オメーら、付き合い悪いぞ!」
船内へ戻ろうとするコナンと花恋を見て、蘭が「そう言えば······」とつぶやく。
「そのときも蓮華と新一に断られて······」
蘭の言葉にギクリとしたコナンと花恋は、クルッと振り返って右手を上げた。
「『よーし!さぁやるぞ〜、かくれんぼ!!』」
その変わり身の早さに子どもたちがきょとんとすると、灰原がフッと笑った。
「まぁ、ヒマつぶしにはなるかもね」
『博士は?』
「ワシはマッサージを予約してある」
「じじくせーな」
元太の突っ込みに、阿笠博士はハハハ···と苦笑いをした。
「それじゃ、ルールを決めましょ」
蘭はそういってウインドブレイカーを羽織ると、子どもたちに歩み寄った。
「制限時間は三十分。隠れていい場所は、一階から七階まで。でも、
客室と関係者以外立入禁止の場所とトイレ、展望浴室は除く───で、どお?」
「「「さんせ〜!!」」」
「ではみなさん、集まってください」
一同は輪になり、ジャンケンを始めた。
「最初はグー!ジャンケン、ポン!」
パーを出した園子は「え?」と目をパチクリさせた。
残りの全員はチョキを出していたのだ。
「はい、園子が鬼!」
みんなが笑いながらチョキの手を掲げると、園子は「ま、待って!」と手を伸ばした。
「無理よ無理!この広い船内で三十分で七人も見つけんの、絶対無理!!」
「うーん······じゃあ、特別ルールでもう一人鬼作ろっか」
光彦が「えっ?」と蘭を振り返った。
「鬼が二人ですか?」
『じゃ、もう一度ジャンケンだね』
園子を抜いてもう一度ジャンケンをした結界───灰原が鬼になった。
「よろしくね」
「こ、こちらこそ」
小学一年生とは思えないクールな灰原の態度に、園子は少々戸惑う。
並んで立つ二人の姿に、コナンと花恋はハハ···と苦笑いをした。
((異色のコンビだな/ね······))
すると、園子が「そうだ!」と元太に近づいた。
「アンタのその探偵バッジ、ちょっと貸しなさいよ」
「え?何でだよ」
「鬼が二人だと誰を見つけたかわかんなくなるでしょ。そのバッジで連絡を取り合うのよ」
「ちぇっ。なくすなよ」
元太は仕方なくポケットからバッジを取り出し、園子に渡した。
「じゃあ、五分後の九時五十分から捜しだすことにして、十時二十分までに六人全員見つけたら鬼の勝ち」
「オッケー!負けないわよ」
園子がギュッと拳を握ると、蘭はフフンを余裕の笑みを見せた。
「残念ながらわたしたちの勝ちね!だって───」
「こっちにはコナン君と花恋ちゃんがいるもん!」
隣に立った歩美が自信満々の顔でガッツポーズを取り、コナンと花恋は苦笑した。
((って言われてもなあ······))
「よ〜し、行こうぜ!」
「かくれんぼ開始〜!」
子どもたちは掛け声と同時にヒャッホ〜と階段を駆け下りた。
「じゃあね〜!」
蘭も園子たちに手を振りながらコナンと花恋と階段に向かい、
「首洗って待ってろよ〜!」
鬼の園子と灰原がその場に残った。
***
コナンと蘭と別れた花恋は広いスペースがある場所に来ていた。
「くそ、入んない」
「子供じゃ無理だよ、高さがあるもん」
「映画何時からだっけ?」
「やばい!もうすぐだよ!いこ」
子どもたちは遊んでいたバスケットボールを放って花恋の横を駆けていく。
視線だけで見送る花恋の足元にバスケットボールが来てそれを拾い上げると、見上げる位置に高く設置されてあるバスケットリング。
花恋はニヤリと笑い、ポケットに入れていたリストバンドを右手につけ髪の毛をポニーテールに結ぶとリングめがけてドリブルしながら走る。
そして高く飛びリング近くにボールを放つがリングの枠に当たりゴールにはならなかった。
『うっそ······!』
高校生の時なら軽々と入ったのに、しばらくやってないだけでこうもうまくいかなくなるのか。
昔はダンクも出来たのに······。
もう一回ドリブルして勢いをつけ高くジャンプし、リング中央に狙いを定めてレイアップシュートをする。
ネットがパサッと揺れた。
『やった!』
3ポイントシュートの位置に戻り花恋はボールをリングめがけてなげ続けた。
飛び散った汗が日差しを反射してキラキラと輝く。
上のデッキにいた蘭は手すりに手をかけ、夢中になってバスケをする花恋を静かに見つめていた───。
***
灰原が広いスペースに下りるとリングに向かって花恋が夢中でボールをシュートしていた。
「ちょっと、蓮華」
『ん?やっほー、哀』
振り返った花恋はボールを拾い上げ、灰原の方に向き直った。
灰原はコナンと同じ出来事が起き、頭を抱える。
「さっき工藤君にも言ったけど······あなた、かくれんぼに参加してる自覚ないんじゃない?」
『あ······』
かくれんぼの事をすっかり忘れていた花恋の手からボールが離れ、太陽が照りつけるデッキにむなしく転がっていった。
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