杯戸公園は依然として閉鎖され、赤点灯したパトカーが数台止まっていた。
公園の周囲には集まって来た人々が不安そうに様子をうかがっている。
目暮の指示で公園の中をくまなく調べてみたが、やはり爆弾は見つからず、爆破予告時刻までニ十分を切った。
目暮や小五郎に焦りの表情が見える。
パトカーの横で待機していた蘭は、持っていた携帯を見つめた。
(蓮華······)
そのとき、目暮の携帯が鳴った。
画面に表示された発信者の名前を見て、目を見開く。
「もしもし、目暮······黒瀬君?黒瀬君かね?」
「蓮華!?」
蘭が真っ先に目暮の元に駆け出すと、刑事たちも集まってきた。
「───何だと!?爆弾は東都スタジアムの電光掲示板!?」
目暮の声に誰もが驚く。
蓮華の説明を聞いている目暮の額に汗がにじんだ。
「うむ。爆弾処理班を向かわせる時間はすでになさそうだな······」
〈はい。すぐにホーム側のスピリッツサポーターを避難させてください!〉
「わかった!!」
目暮は携帯を切ると、すぐに東都スタジアムに連絡した。
***
蝶ネクタイ型変声機を使って目暮に電話をかけていた花恋は、蝶ネクタイ型変声機をコナンに返し、携帯をポケットにしまうと、目の前に取り付けられた爆弾を見つめた。
『ねえ、新一。この爆弾、作りは単純だけど······全て解除してる時間はないよね······』
「ああ······」
二人は立ち上がり、他の支柱に取り付けられた爆弾を見回した。
((どうする······考えろ!まだ何か······何か手はあるはずだ······))
しかし、爆弾のタイマーは容赦なく進み、刻々と時間は迫っている。
焦れば焦るほど、何も浮かんでこない······!
「クソーッ!」
コナンは握った拳を支柱に当て、うつむいた。
そんなコナンを見て花恋は、唇をかみしめる。
(落ち着け······!爆弾を止めることができないのなら······)
ふと胸元を見た花恋の頭に、ある考えがよぎった。
体を起こし、懐の伸縮サスペンダーをギュッと強く握りしめる。
『コイツに賭けるっきゃない······!』
そのとき、サポーターズシートの方から「どいて!どいてください!」と叫ぶ声が聞こえてきた。
目を向けると───二人の警備員が二階席の階段を上ってくるのが見えた。
「危ないので階段には立たないでください」
「席に戻って!」
警備員たちは階段で応援しているサポーターたちに注意をしながら、階段を一気に駆け上がってきた。
おそらく、目暮から連絡を受けて、爆弾を確認しにきたのだろう。
二人はしゃがんで支柱に隠れた。
「オイッ!あれ!」
電光掲示板の裏側にたどり着いた警備員たちは、支柱に取り付けられた爆弾を発見して青ざめた。
「嘘だろ······本当にあった······!」
「す、すぐに本部へ連絡だ!」
警備員の一人が携帯無線機に「爆弾ありました!」と叫び、すぐにもう一人と退避した。
***
警備員が去った後、二人は電光掲示板の上にかけられた鉄骨に伸縮サスペンダーをかけ、それを命綱にして下の鉄柱に向かって頭から下りていった。
電光掲示板と鉄骨の間にかけられた鉄柱には数個の爆弾が取り付けられている。
花恋は鉄柱に向かいながら携帯で灰原に電話をかけた。
〈ちょっと、突然切るなんてどういう······〉
電話に出るやいなや文句を言ってきた灰原を、花恋は「ごめん!今から言うことを聞いて!!」とさえぎった。
『やっぱり、爆弾が仕掛けられてた。犯人は、十五時三十分にホーム側のスピリッツサポーターの頭上に電光掲示板を落とすつもりだよ』
〈そんな······!あと少ししかないじゃない!〉
『うん······もうすぐサポーターの避難が始まるはずよ』
ようやく鉄柱まで下りてきた花恋とコナンは鉄柱に手をかけ、下側に取り付けられた爆弾をのぞき込んだ。
『君は元太たちが暴走しないように見張ってくれる?』
〈わかったわ。それより······蓮華、あなたたちは?〉
『何としても、電光掲示板の落下を防ぐ!』
目の前の爆弾を見つめる花恋の瞳にいっそう力が込められた。
***
鉄骨から伸縮サスペンダーでぶら下がった二人は、鉄柱に仕掛けられた爆弾の解除に挑んでいた。
爆弾とタイマーを繋ぐ複数のコードを慎重に見極め、一本のコードをペンチで切断する。
すると、タイマーが残り三分五秒で止まった。
二人は顔を見合わせてフウ······と息をつき、額ににじんだ汗を腕でぬぐった。
「ダメだ······時間がかかり過ぎだ······」
鉄柱にはまだいくつもの爆弾が残っている。
『タイムリミットまであと三分······』
「クソッ!間に合うのか······!?」
考えている時間はなかった。
とにかく鉄柱に仕掛けられた爆弾を止め、何としてもこの鉄柱だけは死守しなければならない。
二人は焦る気持ちを抑え、次の爆弾へ向かった。
***
ピッチに続々とスピリッツのサポーターが下りてきて、人がいなくなったサポーターズシートでは警備員が走り各エリアをチェックしていた。
「こちらD−三からD−四エリア避難完了!」
「E席確認!F席確認!G席確認!」
電光掲示板をつるす鉄柱からは、ピッチに集まった観客が豆粒のように見える。
二人は次々と爆弾を解除していった。
コードを引っ張り出してペンチで切断すると、タイマーがピッと音を立てて止まる。
タイマーに表示された残り時間を見て、二人はくやしそうに唇をかんだ。
頭上にはまだもう一つの爆弾が残っている。
「クソッ。あと一つだってのにここまでか······」
二人は伸縮サスペンダーを外して鉄柱の上を走った。
電光掲示板の端の鉄パイプにサスペンダーを巻きつけると、サスペンダーの先を持ってサポーターズシートへと飛び降りた。
電光掲示板の裏側に着地して、サスペンダーを引っ張りながら階段を駆け上がる。
そして最上階に来ると、大きな柱にサスペンダーの先を巻きつけて金具を締めた。
手を離すとサスペンダーが引っ張り上げられ、柱から突き出た鉄パイプに引っかかった。
コナンと花恋はサスペンダーが止まったのを確認すると、ダッシュした。
***
最後の一人がピッチへ避難し終えると同時に、電光掲示板の時計が三時三十分に変わった。
電光掲示板をつるす鉄柱に仕掛けられた爆弾のタイマーがゼロになり、点滅したランプが点灯する。
次の瞬間───ドォォォン!と大きな衝撃が響いて、電光掲示板が爆発した。
次々と爆発が起こり、無数の鉄骨がスタンドに落下してシートをなぎ倒していった。
さらに爆発は一気に広がり、強烈な爆風が走っていたコナンと花恋の体を容赦なく吹き飛ばした。
ゴール付近にいた人々は悲鳴を上げ、ピッチの中央へと走り出した。
爆発音が場内に鳴り響き、正面メインスタンド席にいた歩美と光彦も「キャー!」「ひっ!」と悲鳴を上げた。
元太も「スゲー······」と目を丸くする。
「蓮華、工藤君······」
灰原はフェンスに身を乗り出し、爆発する電光掲示板を呆然と見つめた。
***
爆風に飛ばされた二人は、気がつくとガレキに埋もれていた。
「『うう······』」
動かすと体のあちこちが痛み、二人は歯をくいしばって体を起こした。
近くで何かがキラリと光る。
それは片方が割れたコナンのメガネだった。
辺り一面にはガレキが散らばり、煙がもうもうと立ち込めていた。
二人は煙の中から電光掲示板を探した。
すると、サポーターズシートに落下した電光掲示板はかろうじて一本の鉄柱につるされ、その場にとどまっていた。
それは、二人が爆弾を外した鉄柱だった。
「止まったのか······!」
二人が安堵した瞬間、グギギギ···と何かが軋む音がして、上からガレキが落ちてきた。
見上げると鉄柱が大きく軋み、電光掲示板との接合部分のパーツが次々と弾け飛んでいる。
『お願い······もって······!』
二人は目を見開き、祈る気持ちで鉄柱を見つめた。
しかし、次の瞬間───バキャン!と接合部分が切れた。
ズゴゴゴゴ······と地響きを立てながら電光掲示板が客席に滑り落ちていく······!
「『逃げろーーーっ!!』」
二人はあらんかぎりの力で叫んだ。
しかしその声は轟音にかき消された。
電光掲示板はシートをなぎ倒し、煙を巻き上げながらピッチに向かって一直線に滑り落ちた。
二階席のフェンスでその巨体を大きく回転させ、ズドォォンと一階席に落下したかと思うと、再び周りを破壊しながら滑り落ちていく。
そしてゴールの後ろの壁をぶち破り、ピッチにドゴォォン…と突き刺さった。
立ち上がった土煙がピッチに広がっていく。
煙が薄れ、ピッチにいた人々の前に現れたのは───伸縮サスペンダーに引っ張られて直立を保っていた電光掲示板だった。
「おい、止まったぞ······」
「スゲー、奇跡だ······」
サポーターたちは目の前の巨大な電光掲示板を呆然と見上げた。
***
電光掲示板が滑り落ちたサポーターシートではまだ煙がもうもうと立ち込め、火の粉が舞っていた。
コナンと花恋は階段を駆け上がり、サスペンダーを巻いた柱に向かった。
電光掲示板を引っ張っているその太い柱にはヒビが入り、ギシギシと音を立てて今にも折れてしまいそうだった。
『もう少しよ、頑張って!』
二人は柱に巻かれた伸縮サスペンダーのボタンを押し、鉄柵を握りしめた。
「クッ!引っけぇーーーっ!!」
サスペンダーが縮み、ピッチに突き刺さった電光掲示板が客席の方へ引っ張られていく。
しかし、サスペンダーが巻かれた柱がギギギギ······と悲鳴を上げ、ついに耐えきれなくなって折れた。
サスペンダーが宙を舞い、電光掲示板はゆっくりと客席へと傾いて、やがて地響きを立て客席へ沈んだ。
シートが粉々に吹き飛び、火の粉と共に煙の中で舞い上がっていく。
客席に倒れた電光掲示板を見たピッチの人々は喜びの声を上げ、抱き合ったり涙する者もいた。
最上階からピッチを見下ろした二人も表情を緩め、フゥ…と顔を見合わせて息をはいた。
大惨事になるのを何とか食い止めることができた。
だが───···。
二人は生々しい爪痕が残ったサポーターズシートに視線を移した。
巨大な鉄骨やフェンスはグニャリと曲がって客席にめり込み、電光掲示板が滑り落ちた客席はシートが粉々に破壊され、床が崩れている。
もしサポーターたちが客席に残っていたら······と考えただけでゾッとする。
二人は険しい顔をして、落下した電光掲示板をじっと見つめた。
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