「俺は好きだけどな」

人で賑わう昼休みの学食。

下級生に『退け』と言うオーラを飛ばし、席を確保した松葉が言った。

テーブルに滑らせたトレイの上にはきつねうどん。

長戸はラーメンにした。

「なんで?寒いし気分落ちるだろ」
「そうか?イベントあって楽しくないか?」

割り箸をペキッと二つにすると、ずぞぞっと外国人が嫌がりそうな音で食事を開始。

ゆで卵の黄身をスープに溶かしつつ長戸は、顔を顰めてみせる。

「クリスマスのこと?俺、あれ嫌い。無駄な出費がイタイ」
「彼女いないだろーが」
「女いなくてもジジババにプレゼントするから」
「はっ!?」

この場合、ジジババとは両親のこと。

小さい頃からの習慣で、長戸にサンタが来なくなっても自分は親に何かしら贈っていたりする。

松葉の反応は少し不愉快だったが、まぁ引かれるのも分かるのでスルー。

ずるずる細麺をすすればようやく相手の箸が動きを再開させた。

「まぁ……人それぞれだしな」
「どーも」

しばらくの間、妙な無言が続いた。

周りは馬鹿みたいに騒々しいのに、自分たち二人がつくテーブルだけ静かという事実は、思ったよりも居心地が悪いものだ。

「正月」
「ん、なに?」
「正月あるだろ。俺はアレがあるから冬は嫌いじゃない」

丼の中が液体だけになった頃、耐え切れなくなったのか松葉が口を開いた。

「年賀状とか面倒じゃねぇ?」
「まぁ……。でも、いいだろ。たった一日でそれまで過ごしてきた一年が、物凄く遠い過去みたいになる感覚。アレが好きなんだよ」
「意味分かんないんだけど」

松葉は軽く笑った。

「時計の針はただ同じように次の日の時間を指すくせに、もうすっかりさっきまで過ごしていた時間は『去年』だろ?で、新年おめでとうございますだ。なんか、いきなりそれ以前の一年が昔扱いになって、自分でも過去のものとして扱ってしまう」
「松葉、お前……」
「その新しい一年に、去年から持って来たいものを選ぶ。好きなもの、好きなヤツ……選んで持ってく。正月があるから、冬も嫌いじゃない」

穏やかに笑う松葉は心底そう思っている風に見えて、長戸は。

「キモイ」

と、一言。

「はっ!?」
「頼む……いきなり語るなよ。けっこうキツイ」

着いた肘から伝わって、残りのスープに緩い波紋。

腹が痛い。

ぴくぴく痙攣をおこす長戸の肩に、松葉の顔がこれ見よがしに顰められる。

「人が本気で言ったっつーのに、その反応かよ」
「悪い。いや、でもお前もワルイ」

どんどん険しくなる相手の表情は凶悪だ。

「お前は今年でサヨナラの人間だ。ぜってぇ来年にまで連れてってやらないからな」

椅子から立ち上がると、松葉はトレイを持ち上げる。

別に馬鹿にしたつもりはなかったのだが、どうやら相当怒らせてしまったみたいだ。

何せ、こんな真面目に語られるとは予想も出来なかったのだから、笑ったって仕方ないだろう。

長戸は上目で松葉を見上げると、未だ笑いの滲む口でこう言った。

「なら、俺がお前連れてくからいいよ」

松葉の目がまん丸になる様に、長戸は今度は声を出して笑いだした。

必ず松葉を連れて行ってしまおう。

新年というものに。

こんな行事があるならば、やっぱり冬もいいかもしれない。

秋の終わりはもうすぐそこだ。


END.



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