華やかな美貌を僅かに崩した表情は、どこか子供っぽくも見える。

これで魔界随一の力を持つ絶対の女王であるのだから、外見など当てにはならない。

ブラックは彼女の手元を窺った。どの書類も完成には程遠く、不機嫌の理由を理解する。

「苦戦しているようですね」
「あたしには向いていないの」
「気分転換に人間界へ行きますか? ご一緒しますよ」
「仕事を残して行くと思う?」
「そう仰ると思いました」

本人の言う通り、恐鬼妃はデスクワークに向かない。

魔界の法を犯した罪人の裁決や監視といった、積極的に動く仕事の方がずっと適している。

それでも彼女が、自らの職務を投げ出すことは決してなかった。

「お志はご立派です」
「なに、急に」
「さすがは主人様というべきでしょう。ですが、仕事には期限というものがあります」
「……つまり?」
「貸して下さい。夕刻までのものがあったはずです」

恐鬼妃の仕事内容はすべて把握している。

越権行為とも言えるが、彼女自身に了承を得ているので問題はない。

夕刻が期限の書類は、口やかましいヴォルガの管轄だ。

この程度のことで恐鬼妃の足元が揺らぐとは思えないが、付け入る隙を与えるわけにはいかなかった。

書類へと伸ばしたブラックの手は、しかし恐鬼妃の細い指先に阻まれた。

指が絡まり、熱が伝わる。

「っ、なんです。大人しく渡して下さい」
「ダメ」
「普段はオレに任せてくれるでしょう」
「今回はダメだよ」

突然の接触に、ブラックの鼓動は駆け足になる。

ぎゅっと手を握られ、内心で歯噛みした。

動揺を振り払うように、殊更冷やかに告げる。

「オレの仕事ぶりに不安でも?」
「不安だよ、すごく」

返されたのは、思いがけないセリフだった。

ひたむきに見上げてくる恐鬼妃の紅い瞳を、驚愕の面持ちで見つめ返す。

「ブラックはすぐに無理をする。あたしが気付いていないとでも思ったの、あなたが疲れていること」
「気のせいです」
「嘘」

椅子から立ち上がると、恐鬼妃はそっとブラックの頬に手を添えた。

目の下の皮膚を、親指が撫でる。

「こんな顔してるあなたに、あたしの仕事を押し付けるわけにはいかない」
「……離れて下さい。オレに不用意に触らないで下さいと、いつも言っているでしょう」
「ブラックが休むと言うのなら、離れてあげる」
「オレの心配は無用です。あなたはご自分の仕事を片付けることだけを考えればいい」
「いや」

主の頑強な意思は好ましく思う点の一つだ。

些細なことではビクともせず、自分の想いを真っ直ぐに貫く姿は称賛に値する。

だが、今回においてはその限りではない。




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