◇
もう二人は正門を出てしまっただろうか。
逸る心のままに後を追おうとしたヨシタカは、手ぶらの己に気付いて、思わず足を止めた。
「あ……」
眼前で降り頻る、夕立。
雨足は激しく、まるで行く手を阻むように感じる。
教室に忘れて来た傘が脳裏をよぎり、本日二度目の舌打ち。
トレードマークの笑顔を裏切る、行儀の悪いそれは、意を決する合図だった。
勢いよく踏み出された革靴が、水溜りにダイブ。
バシャッと派手に飛んだ泥水が、制服のズボンを汚すのと、遥か上空から訪れる六月の使者に全身を包まれるのは、ほぼ同時である。
完璧にセットした髪、着崩したワイシャツ、緩んだネクタイとズボン。
あっと言う間にずぶ濡れになり、生地が肌にへばり付く。
その心地悪さを振り払い、ヨシタカはただ一つの黒い傘を目指して走り続けた。
こんな己の姿を見たら、ナツはどんな反応をするだろう。
慌てて駆け寄って来て、あの黒い傘に入れてくれるに違いない。
なにやってるんだ、と呆れ半分、心配半分。
取り出したハンカチで顔を拭いてくれる。
すぐ傍にいる女のことなどすっかり忘れて、ヨシタカだけを見てくれるのは確定事項。
だからヨシタカは、不届き者に見せつけるように、ナツの手からハンカチを奪って、直接その掌を己の頬にあてがうことに決めた。
あぁ、早く。
この冷えた肌に君のぬくもりが欲しい。
思い描く未来予想図が現実のものとなるのは、これから約五分後のこと。
END.
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