由愛はヨシタカの元カノジョだ。

と言っても、他のカノジョたちとは種類を別にする。

ナツに見せつけるためだけに、向けられる恋心を利用したわけではなく、ヨシタカは自ら由愛に近づき陥落させたのである。

「お前にフラれた直後から、ナツにへばりつき始めたところを見ると、バレてたんだろうな。ナツから引き離すためだけに、付き合っていたこと」
「だろうね。由愛は勘のいい女だから」
「冷静に分析してる余裕あるのか?」
「……冷静に見える?」
「思ったよりは、動揺していない」
「ナツが好きなのは俺って知ってるからだろうね」

自信過剰なセリフに怒ったのか、ついに屋外では雨が降り始めた。

見る間に勢力は強まり、横殴りの風に煽られた雨粒が窓硝子を派手に叩く。

「頭冷やせだって」
「十分冷えてますー。ただ、今さら由愛が動き出したところで、俺らが別れるとかあり得ないし……そりゃ、心底気分は悪いけどね」
「どこが冷えてるんだか」

意図せず低音になってしまった最後のフレーズに、相手は「やれやれ」と肩を竦めた。

ヨシタカは何の反応も見せず、土砂降りの世界に再び目を移した。

色とりどりの傘が、正門に向かって咲いている。

水色、オレンジ、紺と黒。

ビニール傘も多いな、とぼんやり思ったときだった。

何の変哲もない黒い傘が、ヨシタカの視界に飛び込んで来た。

瞬間的に高鳴る鼓動が、その柄を握る人物を教えてくれる。

ナツだ。

不機嫌に強張っていた表情が、パァッと明るさを取り戻しかけて―――固まった。

黒い傘に駆け寄る、ピンク色のビニール傘。

透き通った先には、見慣れたふわふわのロングヘア。

「あいつっ……」
「お、おい?ヨシタカっ!」

自分の元カノジョだと気付いた途端、ヨシタカは鬼気迫る勢いで教室を飛び出した。

背中にかかった友人の声は、絶対零度にまで凍えた脳には届かない。

長い足を全力で動かし廊下を疾走するこちらに、すれ違う生徒たちが驚いていることだって、ちっとも気付かなかった。

ヨシタカの意識を捕えるのは、先刻目にした光景。

傘を並べて歩く、ナツと由愛の姿。

全身の血液が急激に退いて行き、梅雨の蒸し暑さにうんざりしていた先刻までが嘘のように鳥肌が立つ。

どんどんと熱を失う身体が、胸裏でうずまく蟠りの存在を鮮明に感じさせる。

ナツが好きなのは自分だ。

それは揺るぎない事実。

だからと言って、あの女が近付くことを、どうして認められる。

自分以外の誰かが、ナツの傍らに在ることを、どうして許せると言うのだろう。

虚勢を張ってはみても、決定的な場面を目撃しては我慢ならなかった。

息を弾ませながら昇降口へと到達した男は、もどかしげに革靴に爪先をひっかけた。




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