◇
暗く濁った空は陰鬱なグレー。
今にも雨音が聞こえて来そうな危うい天候に、ヨシタカは常に笑顔を浮かべる端正な面を、僅かに翳らせた。
季節は梅雨に入った。
一年の中で、ヨシタカが最も疎む季節だ。
連日続く雨はもちろん、神経を苛むじっとりした湿気が堪らなく不快で、些細なことで苛立ってしまう。
皮膚に纏わりつく蒸し暑い空気に零した、らしくもなく舌打ちは、終礼直後の教室の喧騒に呑まれて消えた。
だが、顰められた表情はそうも行かなかったらしい。
「なに機嫌悪くなってんだよ」
かけられた声に、ヨシタカは内心ぎょっとしながら、窓の外を眺めていた瞳を室内へ戻した。
待っていたのは隣りのクラスの友人である。
「えー、なってないけど?」
「いつにも増して笑顔がウソくさい」
「ひどっ!」
鋭い指摘に「さめざめ」と泣き真似をすれば、相手は呆れた風に嘆息した。
繊細なフルリム眼鏡の奥から注がれる冷ややかな眼差しが、机についたままのヨシタカを見下ろしている。
咎めるようにも哀れむようにも見える友人の眼に、嫌な予感が胸をざわめかせた。
「……なに?」
「いや、お前が馬鹿な真似やっている間に、誰かは賢く立ち回っていると思うと、世の無情を感じずにはいられなくて」
「分かりやすく言うと?」
「由愛がナツにつきまとってる」
予感的中。
与えられた返答に、ヨシタカはぎゅっと拳を握り込んだ。
幼いころから一緒だったナツは、ヨシタカの幼馴染。
誰よりも好きで、好きで、どうにもしようがなくて、気を引きたいがために何人もの女の子と付き合った。
臆病な本音を卑怯な計算で覆い隠して、遠回りをしていた日々。
すべてが終わって、すべてが始まったのは、つい最近の話だ。
幼馴染だったナツは、ヨシタカの恋人になったのである。
「そんな話、ナツからは聞いてない」
一気に膨れ上がった不快感に負けて、繕った笑顔は厳しい表情に変貌した。
肺に滑り込むぬるい温度が癇に障り、制服のネクタイをぐいと緩める。
「言うわけないだろ。ナツはつきまとわれている自覚ないんだから」
「……性質わるい」
「最初からナツ狙いなの、分かってたから付き合っていたくせに」
言い返す言葉はなかった。
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