◇
「メグ、かな。あ、でも有紗かも」
「おい」
「どっちもそれなりに好きなんだもん。決められない」
「やっぱり刺されてしまえ」
「ナツのいじわるー」
ぶーぶーと文句を垂れるヨシタカを無視して、ナツは再び勉強に戻ろうとした。
苦痛なばかりの相談に付き合っているより、明日提出の宿題に取り組んだ方が、遥かに有意義だ。
そこでふと思いついた疑問に、さほど意味はなかった。
テキストを手繰りながら、片手間に放り投げる。
「お前さ、一番目って誰なわけ?ぜんぜん話聞かないけど」
「欠番」
「は?なにそれ。お前、彼女の順番って基本は先着順って言ってなかったか」
「そうだよ、二番以下は早い者勝ち。で、もめたら今日みたいにナツに相談」
「迷惑極まりないな」
呆れ果ててノートの上に乾いた笑いを落とす。
どうせ告白して来た全員と付き合うのだから、一番の席を開けておく必要などないだろうに。
考えて、ハッと思い至った。
「お前さ……もしかして本命がいるとか?」
心臓が不穏な音を立てて軋む。
ヨシタカの恋愛事情を間近で見て来たナツは、彼の最低最悪な所業を耳にするたびに、付き合う相手は誰でもいいのではないかと疑って来た。
だが、もしヨシタカに本命がいるのだとすれば。
ころころと入れ替わる二番目以下の彼女たちは、本命を手に入れられないもどかしさから来る、ほんの戯れに過ぎないのだとすれば。
ナツがヨシタカの相談に、嫌々ながらも乗っていられたのは、「困った」と語る幼馴染のどこにも本気を見つけられなかったからだ。
けれど本気で心を傾ける一番目がいるのなら、ナツはもう約束を守れない。
「ナツ、聞くの遅くない?」
耳元で聞こえた声に、飛び跳ねそうになった。
頬に触れる微かな吐息が、ヨシタカとの距離の近さを教えてくれる。
そっと勉強机に手を突かれ、背後から覆い被さるように寄り添う体。
背中に感じる温もりに、ナツは混乱せずにはいられなかった。
「お、おい、ヨシタカ?」
「一番目さえ手に入れば、あとは何にもいらないんだよねー、俺」
「なんだよ、いきなり。離れろよっ」
「俺がなにを相談しても平気な顔してるし。もしかして気付いてて知らんぷりしてんのかなって思ってたんだけど」
不満を漏らす声が、どんどんと近くなる。
鼓膜を直に揺らすように、彼の唇が耳朶を掠める。
カッと頬が発火して、心臓が異常な速度で鼓動を響かせるから、ナツは堪え切れずに背後を振り仰いだ。
「ふざけんのもいい加減にっ……」
「ねぇ、ナツ。俺の一番が誰か分かる?」
荒れた怒声が喉の奥で消えたのは、見上げた先で幼馴染の泣きそうな表情を見つけてしまったから。
きつく寄った眉と、細くなった目、言い切るや引き結ばれた口。
整ったヨシタカの顔に浮かぶ、切ないくらいの激情に言葉を失くす。
「答えてよ、ナツ。俺の一番、分かってよ」
「ヨシ、タカ……?」
微かに震える脆弱な懇願に、ナツは困り果てた。
ヨシタカの一番目に、もしかしたらと思い当たる人物がいて、困り果てた。
言って間違いだったらどうしよう。
冗談にすることが出来るだろうか。
答えたいのに怖くて口が開かない。
どうしよう、どうすれば。
「ナツ、早く、早く答えて」
急いた調子で促され、積年の想いが恐怖心を凌駕した。
ナツは困っている。
困ったときは、どうしなければならないのか。
幼さゆえに交わせた約束に従って、ナツがヨシタカに相談するのは次の瞬間。
「お前の一番、俺だと思うんだけど、答えていいと思うか?」
END.
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