◇
制服のズボンの下は包帯でぐるぐる巻きだった。
葉瑠はさして痛むわけでもない左足に何度も目をやりながら、帰路に着く人間に満たされた駅を歩いた。
スライディングで擦った程度の怪我なのに、伏見は丁寧に消毒をし、ガーゼを当てて包帯を巻いた。
少しやり過ぎだ。
足に触れる彼の指先は、伏見の性格を表すように優しく、葉瑠の胸を悪戯にくすぐった。
正直、困った。
こんなにも優しく扱われて。
こんなにも大切にされて。
勘違いをしてしまいそうな浅はかな自分は、それは惨めで仕方ない。
「はぁ……」
ため息を吐いた時、目の前をよく知った人物が横切った。
「一希!」
「っ!?」
呼び掛けた友人は、物凄い形相で葉瑠を振り返った。
「な、んだ……葉瑠か」
「なんだって、なんだよ。なぁ、もう帰るんなら途中まで一緒に帰らねぇ?」
「いいよ」
コクンっと頷く一希の手には、大型コーヒーチェーン店のなんちゃらフラペチーノがあった。
葉瑠には同じような商品にしか見えないので、『なんちゃら〜』である。
緑のストローはガシガシと噛まれたように、醜く潰れていた。
「お前、噛むクセあったっけ?」
なんとなく気になって言えば、一希はゆっくり歩きだす。
「別に。たまたまだよ」
「ふ〜ん」
彼と同じ歩調で隣に着いた。
茜に染まった駅前は、朝のように時間に追われることもなく、不思議にゆったりとした空気が漂っていた。
一希はそれに倣うように、のんびりとしたペースで足を進める。
と言っても、時間など関係なしに一希の歩調はいつもゆっくりだったけれど。
どちらかと言えば一歩を広く取り、スタスタ歩く葉瑠も、一希と居る時だけは自然とのんびり進むのだった。
横断歩道の信号が点滅する。
ちょっとだけ小走りになる二人。
渡り終えればまたのんびり。
「そういや、瀬野どうしたん?今日休みだったろ?」
ふっと思い出したように隣を見た葉瑠だったが、そこに尋ねた相手は居なかった。
「……何やってんの?」
少し後ろで立ち止まった一希を、不審気に見やる。
フラペチーノのストローを噛み締めた一希は、うつ向いたままで答えない。
「俺、なんかマズイこと言った……とか?」
彼の前まで戻り、下を向いた顔を覗き込むようにして窺う。
「違うよ、気にすんな」
ぶっきらぼうに言った一希の顔は、夕焼けを映して真っ赤にみえる。
「そか……?」
なんだ。
何か地雷を踏んだのかと思った。
ほっと胸を撫で下ろす葉瑠をよそに、一希は再び歩きだした。
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