試合には勝った。

どうにか逃げ切れたのは、俺の打ったホームランからチームの士気がいい具合に高まったからだ。

別に自慢じゃない。

第三者からみたって、きっとそうだ。

たぶん。

俺は部室を早々に引き上げると、教室への道を走らないように注意しながら急いだ。

本当は少し駆け足だったが、アイツが帰ってしまったらと思うと我慢は出来なかった。

家が隣同士なんだからいつでも会えるのだが、今会っておきたいのだ。

ガラッと音を立てて2−Eの扉を開けると、心臓がドクンと一つ飛び跳ねる。

猫みたいだ。

机に伏せって寝息を立てるアイツ。

枕にした腕から覗く顔は、贔屓目じゃなく綺麗だと思う。

男に綺麗って変か?

そう思ったけど、事実だ。

一希の正面に立っても起きる気配がない。

あー。

寝不足か、これは。

目の下にうっすらとクマ。

神経の細い幼馴染は、夕暮れの茜を受けて儚げに映った。

突き上げた衝動のまま伸ばしかけた掌。

アイツに触れる直前で、俺は硬直した。

この手をどうしようと思ったのか。

俺の無骨な手はバッドを握るせいでマメやらタコやらで荒れ放題だ。

そんなこの手を俺はどうしたい?

迷宮に陥りかけて、俺は誤魔化すように一希の頭をポカッと叩いてやった。

「何寝てんだ」

面白いくらいに、いつも通りの声が出た。

今にも混乱してしまいそうな内面が、こんなに簡単に隠せるようになるなんて。

寝起きの顔で俺を見上げた一希に笑いかけ、前の席に座る。

「……試合は?」
「あ?見てたのか」

うっわ。

白々しいぞ、自分。

「途中で寝たけど」

なるほど。

試合が半分過ぎた辺りで顔が消えたと思ったら、そういうワケか。

表には出さずに納得する。

一希の目が「で?結果は?」と促す。

「勝った勝った、あのまま逃げ切った」

気にしてくれていたのかと思うと、本気で嬉しくなった。

俺の試合を見に来てくれたのか、やっぱり。

浮かれていたのが顔に出たのか、ぼんやりと見つめられて俺は首を捻った。

「ん?どした?」

その顔はやめてくれ。

お前に見つめられるのは、正直焦る。

わざと怪訝な風を装ったときだった。


「好きなんだけど」


は?

鼓膜を打った一希のフレーズ。

今、こいつ何て言った……?




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