「どうして言わなかった」
「……ごめん。言える状況でもなくて」

布団から目だけを出して謝ると、疲れたような溜息が寄越された。

逸見の大きな掌が前髪をかき上げて額に乗る。

ひんやりとした体温に、歌音はほぅっと心地よさげに呼気を逃がす。

あの後、病院に付き添った者からエリスの容体の報告を受けた。

逸見の見立て通り、命に別条はなかったのだが、しばらくは入院をしなければならないらしい。

完全なる反逆者となった秀に師事していたエリスが、今後どのような処遇となるかは未だ不明であるものの、身を呈して歌音を護った功績は彼を悪いようにはしないはずだ。

自分の側近に据えることは出来ない申し訳なさを感じながら、構成員の報告に耳を傾けていた歌音だったが、次第に青ざめて行く顔色を逸見に気付かれてしまった。

そうなれば、歌音の「大丈夫」が受け入れられるはずもない。

あっと言う間に戦闘で荒れた自室から、客室へと場所を移され、甲斐甲斐しく看病を受けることになった。

初めは大袈裟だと苦笑していたのだが、どうやら自覚していたよりも限界だったらしい。

体調など忘れるような出来ごとが連続したせいで、すっかり意識から追い出していたためかもしれない。

有無を言わさずベッドに押し込まれるや、すぐに目蓋が重くなり、ほとんど気を失うようにして眠りについた。

目覚めたときには、日が暮れて久しい時分。

電気を点けていない室内は薄暗く、カーテンを開いたままの窓から、紫紺色の夜に浮かんだ月明かりが差しこむばかりだった。

「ずっと、付いていてくれたの?」
「すまない、寝付けなかったか?」
「ううん。そんなはずない」

分かっているだろうに、逸見は気遣うように顔を覗き込む。

今、本当に思いやられるべきは、彼の方なのに。

実の父親に銃弾を撃ち込んだ逸見。

己を虐げた暴虐者に牙を剥いた逸見。

これまでを振り返れば、彼が秀を父親として見ていたようには思えないが、それでも実際のところは本人の胸の内だ。

いくら他人の感情に敏いとは言え、心を読めるわけではないのだ。

逸見が長年、己に恋をしていたことを知らなかったように、今の彼の心境もまた歌音は分からない。

問いかけていいものなのか。

それすら判断できずに手元を見つめていると、くすりと笑う気配を感じた。

見れば、珍しく困ったように微笑む男が待っていた。

「逸見?」

どうしたのだろう。

何か笑われることでもしたかと首を傾げれば、ふわふわと柔らかな髪を、そっと撫でられた。




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