呆れたようにも、自嘲するようにも聞こえる力ない嘆息が、茜から薄紫に変化し始めた室内に、ゆっくりと落ちて行く。

「お前は俺を、買いかぶり過ぎだ。お前こそ、俺のことを神聖視している」

深く沈んだ声色は、さして大きくもなかったけれど、明瞭に紡がれた。

窓際に佇んだままの男は、結ばれていた視線を解き、顔を俯ける。

まるで告解に訪れた罪人のようで、歌音は碧眼を眇めた。

「確かに俺にとっての歌音は、絶対の主だ。この世界において、何よりも清く神聖なただ一人だ。だがその上で、俺はずっとお前に触れたかった。何もかもに、触れたかった」

熱い言葉だった。

行動から滲み出ていたとしても、言葉として彼の心内を語られるのは初めてで、歌音はただでさえ発熱している身体が、甘い微熱に覆われて行くのを感じる。

「優秀な側近?そんなお綺麗なもののわけがない。俺は……手を伸ばすことさえ許されない場所にいるお前を、心の底から恨んでいた。お前が俺と変わらない徒人であると知って、頭がおかしくなるほど幸福を感じたっ」
「逸見……」
「お前に俺と同じ感情を見つけて、欲望を見つけて、夢のようだったから……怖くなった。歌音はこんなにも浅ましい俺を受け入れてくれたのに、俺はお前に幻想を押しつけて来た。こうであれ、と要求して来た。真実を知ってしまった俺は、どんな顔でお前と向き合えばいい?」

消え入りそうな疑問符に、息が止まりそうだ。

逸見が怯えていたと、少しも気付かずにいた自分に憤りを覚える。

傷つき委縮している男を抱きしめたくて、窓際への一歩を踏み出しかけた少年は、伏せられていた逸見の視線が再び己を捉えたことで、動きを停止させられた。

寸前の頼りない言葉とは正反対の、攻撃的な強い輝きに、ドキリと心音が高鳴る。

逸見は静かに窓辺から離れると、身動ぎすらままならぬ歌音に近づいて来る。

「どの面を下げて、お前の前に立てると言うのだろうと、本気で思う。恥を知れと、罪を理解しろと。理性が罵る声も聞こえているんだ。けど――」

腕を持ち上げればぶつかる距離で、彼は接近を終わらせると。

くしゃり。

端正な面を歪めた。

「傍にいたい」

深奥からの願いが、鼓膜を打つ。

「お前の傍にいたい。離したくない。声を聞きたい。触れていたい」
「逸、見……逸見……」
「俺のお前に向ける感情は、恋と呼ぶには強過ぎる。愛と呼ぶには醜過ぎる。でも、それでも言葉にするならば、お前が「欲しい」としか言えない」

見上げる長身が、今にも崩れてしまいそうだった。

誰よりも強い逸見が、とても脆く感じられて、今度こそ歌音は動き出す。

逸見との間に横たわる最後の距離を埋め、溢れだす愛おしさのまま腕を広げた。

肩口に落ちて来た頭を撫でながら、小さな身体でしっかりと抱きしめる。

縋るような指先が背中に回るのは、すぐ。

「ごめん、歌音……ごめん、こんな言葉にしか出来ない想いで、ごめん」
「泣かないで、逸見」

ごめん、ごめん、と。

哀しい声が際限なく続ける謝罪に、胸がいっぱいになる。

「いいんだ、いいんだよ。君が言えない言葉は、僕が君に言うから。何度だって言うから。逸見、好きだよ、心の底から、大好きだよ」

触れ合った真実は、優しくも穏やかでもなくて。

血が滲むほどに切なく、苦しく、幸せだった。




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