正確には、分かったつもりになっていた。

逸見は「主人」としての歌音を求めている、「側近」としての心を捧げてくれている。

そこに他の感情は存在せず、ただ一心に忠誠を誓ってくれているだけ。

彼が作り上げた眩い天使である「歌音」を、護ることだけを胸に据えているのだと。

決めつけて、一人嘆いているばかりだった。

何て、愚かだろう。

歌音はそっと目蓋を閉ざすと、昨夜の出来事を思い出す。

急いた調子で身体を辿った手指、餓えたが如く食らいつかれ、怒涛の勢いに呑み込まれた時間。

ようやく手に入れたとばかりにすべてが性急で、言葉にされずとも気付いてしまった。

彼がとても長い間、自分に情欲を含んだ恋心を抱いていたのだと。

気付くしかなかった。

そのとき歌音は、音を聞いた。

己の胸中を語り聞かせた際に、逸見から聞こえて来たのと同じ、世界が崩れる音を。

真実の姿を見ていなかったのは、歌音も同じだ。

彼は忠実な片腕、絶対の側近、従順な護衛。

逸見が歌音を神格化していたのと同様に、歌音もまた逸見を別物に作り変えて見ていた。

それなのに自分は、逸見にばかり本当の己を見て欲しいと、求めていたのである。

「君が僕を見ていなかったように、僕も君を見てはいなかった。逸見が僕に、忠誠心以外の感情を傾けてくれていたなんて、少しも気付いていなかった」
「……軽蔑するか?」
「しないよ。むしろ、軽蔑されるべきは僕の方だ。僕は君のその欲望さえ、エリスくんの登場が影響して、忠誠心が変質したんじゃないかって疑ったんだもの」

初めて彼と唇が重なって、眼鏡のレンズが取り払われた、剥き出しの瞳の奥を覗いたと言うのに、彼の衝動は突発的なものなのだろうと考えた。

側近のポジションを追われたために、存在意義が脅かされた逸見は、揺らぐ自己の安定を図ろうとしているに違いない。

強過ぎる忠誠心が、極限状態によって歪められてしまったのだ。

そう解釈して置きながら、歌音は逸見を受け入れた。

逸見の欲求を信じていないくせに、自ら許可を与えた。

どのような形であろうと、あのときの逸見の瞳には、虚像としての己はいなかった。

尊ぶべき崇高なる天使ではなく、ただの「歌音・マルティーニ」が映っていると分かれば、赦す理由は十分だ。

もっと確かに触れることで、等身大の自分自身を彼に知ってもらいたい。

もっとたくさん、真実の「歌音」を見つけて欲しい。 

長い時をかけて構築された、紛いものを壊せるのではないかと、期待していたのである。

だから、ごめんなさい。

貴方の想いの何一つを知ろうとせず、示された想いの何一つを信じようとはしなかった。

この身に刻まれるまで、真実に触れようともしなかった。

目を逸らすことなく、切々と告白をした歌音に、逸見が詰めた呼気を吐き出した。




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