部屋に戻った歌音は、置き去りにしたはずのエリスの姿がないことに焦った。

絨毯には彼のものと思われる血痕が、未だ乾かず染み込んでいるのに、当の負傷者本人だけが、どこにもいない。

「逸見、エリスくんは」
「すでに病院へ搬送した。何発か被弾していたが、致命傷じゃない。安心していい」
「よかった……」

側近の任を解いた己を、秀に逆らってまで護ってくれたエリス。

逃げる最中、ずっと残して来た彼が気がかりだっただけに、ほっと胸を撫で下ろす。

あのときの彼は、護衛を外されても尚、歌音への忠誠心を主張していたが、それだけではなかったように思う。

歌音の盾となり、剣となるだけではなく、自分のために自分の力を使ったからこそ、追撃を止められて少しばかり不服そうな表情をしたのではないだろうか。

忠誠心とは種類を別にした、エリス自身の意志で歌音を護ってくれたのではないだろうか。

それは恐らく、純粋な守護の念だと思う。

機械的な忠誠心だけを義務付けられた男に芽生えた、人間としての感情に、小さく微笑みを漏らした。

「ここは血の匂いがきついな。歌音、休むなら場所を変えた方がいい」
「うん。でも、話はここでしたいんだ」
「……分かった」

どこか神妙な面持ちで頷いた逸見は、せめてもと寝室の窓を開け、充満する血臭を逃がした。

吹込む夕刻の風が、高熱を孕んだ身体に心地よい。

緊張から解放されたために、再び身を苛む熱を感じながらも、歌音に話し合いを先延ばしにするつもりはなかった。

窓を背に振り返った男を真っ直ぐに見つめ、掠れる喉を震わせた。

「逸見、僕は君にも謝らなければいけない」

微かに眉を寄せた相手は、明らかに怪訝そうだ。

歌音が何を言うのか見当もつかないらしく、無言のままで先を促される。

「ごめんなさい。僕は、僕のことしか考えていなかった」

歌音は謝罪の文言を朗々と響かせ、しっかりと頭を下げた。

腰を深く下り、橙色の髪がさらりと落ちる。

「歌音?」

戸惑いを帯びた呼びかけに、十分な間を置いてから顔を上げると、声そのままの表情をした逸見とぶつかった。

緊張していた頬を緩め、小さな微笑。

僅かな翳りを漂わせる歌音の面に、逸見が目を瞠らせた。

「僕はずっと、君に本当の「僕」を見て欲しかったけど、それだけだった。僕は君が何を考え、何を思っていたのか、ちっとも分かっていなかったんだ」




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