「カノン!」

黒服に案内された部屋に入るや否や聞こえた声に、歌音はそれまでの陰鬱な気分を捨てて、笑顔になった。

ソファから立ち上がり、嬉々として両腕を広げるのは、彫りの深い顔立ちをしたイタリア人である。

自分の年不相応な外見では、余計に子供っぽく見えると分かっていたが、歌音は相手のために小走りで駆け寄ると、広い胸へと飛び込んだ。

「久しぶりだね、会いたかったよ」
「え?」

流暢に話される日本語に、思わず相手を凝視する。

男は歌音の頬にキスをしてから、楽しそうに言った。

「郷に入れば郷に従え。日本にいるからには、日本語を話そうと思ってね。それに、随分と久しぶりだから、リハビリも兼ねているんだよ。あぁ、カナメも久しぶり。元気にしていたかい?」
「お久しぶりです、ボス」
「はは、相変わらずみたいだな」

きっちりと頭を下げる逸見に、彼は苦笑混じりだ。

サルヴァトーレ・マルティーニ。

五十へのカウントダウンが始まっているとは思えぬ衰えのない体躯に、高級ブランドのスーツを気負い無く身に着けた、伊達男といった風情の彼は、歌音の実の父親である。

男性的な容貌のサルヴァトーレから、歌音が受け継いだ数少ない要素の、オレンジ髪をくしゃりと撫でられる。

「少し背が伸びたな。前に会ったときは、もう少し小さかった」
「そうかな?」
「あぁ、そうだよ。昔はこんなに小さかったのに」

言いながら、サルヴァトーレは自分の膝辺りを指で示した。

一体いくつのときの話をしているのか。

頻繁に顔を合わすことの出来ない父親だが、以前会ったのは中学に上がる前だったはずだ。

いささか逆行し過ぎているらしい彼は、それからまじまじと逸見を見た。

「カナメなんて、本当に大きくなった。それこそこーんなに、小さかったのになぁ。まったく可愛げのないサイズになったよ」
「……どうも」

不満そうに言われるも、上手く反論できない。

確かに彼と会わない内に、逸見の身長は三十センチ近く伸びている。

今では西洋人のサルヴァトーレよりも、目線が上だ。

可愛げがあるとは言えない。

「それより父さん。どうして日本に?こっちで仕事が?」

話の流れを変える意味も込めて、歌音は訊ねた。

「お前たちの顔を見るため、といいたいところだが……あぁ、残念ながら仕事だ」

心底残念そうに、サルヴァトーレは眉を下げた。

「本当はユリも連れて来たかったんだが、仕事だから本宅で待っていてもらっているよ。カノンに会いたがっていた」
「あとで電話を入れておくね」
「あぁ、そうしてくれ。カナメ、君にもお願い出来るかな。ユリは君のファンだから」
「……分かりました」




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