「表の顔だけになって、何がありましょうかっ?我らの歴史を捨て、名誉ある社会(オノラータ・ソチエタ)から退き、何を成そうと言うのです。ボスは惑わされていらっしゃるのです!たかだか子供一人のために、道を誤ろうとしている。ならば私は、ファミリーを護るために動くまで。私一人戒律に背くことで、マルティーニが正しき道に進んでくれるのならば、喜んでこの身を差し出しましょう」

秀は揺るぎない口調で言い切った。

自分の行いに確固たる自信を持ち、間違いであるとは疑いもしない。

絶対神に仕える敬虔な信者であると主張しながら、教えに背いている矛盾にはまるで気付いていない。

すべてはファミリーのため、敬愛する主のためを想っての行動であると訴える。

対峙するサルヴァトーレは、そっと息を吐き出した。

「秀」
「はい」
「お前がそうまで言うのなら、私も考えを改めよう」
「ボス!」

ぱっと喜色を浮かべた男は、続く内容に目を見開くことになる。

「マフィア世界から足を洗いたくない、というお前を無理に表へ連れて行くのは心が痛む。友好関係にある組織に、お前の受け入れを頼んでみよう」
「え……?」
「どこか希望のファミリーはあるか?お前ならば取り立ててくれるところも多いだろう。要職に就くのも難しくはないはずだ」

語られる話を理解するのに数秒、秀は己にとって何よりも苦痛な制裁が決定されたことを悟った。

別の組織へ移る、すなわちマルティーニからの追放だ。

「待って……待って下さい!私は貴方のお傍で、貴方と共に裏社会を――」
「あぁ、シモーネのところなら、お前も馴染みがあるだろう。それとも、久しぶりにアメリカに渡るか?長くシチリアに留まらせてしまったからな。向こうなら、血統の問題も少ないだろう」
「サルヴァトーレ様!どうか、どうかそれだけは止めて下さいっ、貴方以外の元に行くのは、私にとって死も同然だ!」

恐慌状態に突き落とされた男が、必死に言い募る懇願を、サルヴァトーレは綺麗に無視をする。

秀にとっての最悪の道を、最良であるかの如く口にする彼の眼には、ゾッとするほど何の感慨もない。

まるで水晶のように透明で、不可思議で、恐ろしい。

躊躇いなく裏切り者の心臓を突き刺す男を、少年はじっと傍観していた。

歌音の命を狙い、組織の進む方向を批判し、現在のサルヴァトーレを否定しても、秀の弱点は一つだ。

全身全霊を懸けて仕えると決めた相手から、あっさりと切り捨てられることほど、苦しいものはない。

関係を断絶されることほど、痛いものはない。

狂信的なまでにサルヴァトーレへ傾倒している男からすれば、神から見放されたようなものである。

嬲り殺しにするよりも、よほど効果的であると承知した上で選んだ、もっとも惨い制裁。

研ぎ澄ませた刃で致命傷を与えていく。

「知っているだろうが、ンドラゲダにはあまり顔が利かないんだ」
「止めて下さい、お願いです、ボス!私を捨てるならば、いっそ殺して下さい!貴方のお傍から追いやられるなら、殺して貰ったほうがずっといい!」
「何を言っている。お前はマフィアを続けたいんだろう?ジャパニーズマフィアという手もあるかもしれないな。ヤクザ、と言ったか。そろそろ自分の組でも持ってもいいんじゃないか」

容赦なく存在意義を剥奪される秀は、震える手でサルヴァトーレの足に縋ろうとするも、あともう一歩のところで身を退かれてしまう。

床を這うように進めば進むほど、望む存在はゆっくりと、そして確実に遠ざかる。

もう二度と、触れられないのだと叩き込まれるごとに、秀が壊れて行くのが分かった。

「カナメ」
「はい」
「カノンを連れて部屋に戻れ」

下された命令に首肯した逸見に、背を押される。

非道な真似をされたとは言え、血を分けた父親が崩壊して行く様を目の当たりにしたのだ。

その心内はいかばかりか。

自室へと歩きながら、そっと逸見の様子を窺うも、彼はこちらを見ることもなく、真意の読めぬ冷淡な顔をしていた。

「逸見、あの……」
「部屋に着いてから話そう」

打ち切られた会話に、歌音は複雑な表情で頷いた。




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