「カノン、無事でよかった」
「父さん……?」

微かに安堵を滲ませた低音に振り返れば、屋敷を離れているはずのサルヴァトーレがいた。

上質のクラシコイタリアに身を包んだ男は、しかしすぐに表情を一変させると、絨毯の上に蹲る反逆者を冷ややかな視線で見下ろす。

左肩と両の脹脛から出血をしている秀に、今更ながらに気付いた歌音は、ぎょっと傍らの男を仰いだ。

「致命傷じゃない」

安心させると言うよりも、不満を感じさせる逸見の簡潔な説明に沈黙する。

自分のために、彼は今度こそ本当の意味で、実父へと引き金を引いたのだ。

居た堪れない罪悪感に俯きかけた頭を優しく撫でられ、歌音はぐっと苦いものを呑み込んで、改めて正面を向いた。

「ボス……」
「秀、お前は自分が何をしたのか、分かっているな」

呻くような男の呼び掛けに、サルヴァトーレの淡々とした声が返される。

感情を排除した問いは、恐ろしく冷たい。

歌音たちに見せる「父親」の表情でも、「サルヴァトーレ・マルティーニ」と言う名の個人でもない、「マルティーニ・ファミリー頭領(カポ)」としてのサルヴァトーレ。

巨大組織の頂点に君臨するに相応しい、厳粛なる威圧感が辺りに重く垂れこめる。

「屋敷を空ければ、何かしら行動に出ると踏んでいたが、まさかここまでの愚行を働くとは、正直お前を過信していたようだ」

頭領(カポ)の語る言葉に、次第に落ち着きを取り戻していた少年は事態を把握した。

サルヴァトーレは秀の行動を見張っていたのだ。

何かしらの策謀を廻らせている可能性を危惧して、頻繁に外出を続け秀の動向を窺っていた。

普段よりも格段に少ない護衛は、秀を泳がせるためにワザと減らしたに違いない。

そうして、敵が凶行に走った瞬間を見計らって、動き出したのである。

歌音と同じように、すべてを悟った反逆者の面は、どんどんと絶望に染まって行く。

「お前の思想が私と異なるとは理解していた。マフィアとしてのマルティーニを望んでいると。それでも私は、お前の忠誠心だけは心の底から信じていたんだ。私に、そしてファミリーに捧げた誓いは、な」
「待って、下さい。私はファミリーの現状を憂いて――」
「それが、カノンを殺すことに繋がると?お前が固執するコーサ・ノストラは、身内の血を流せとお前に命じたのか」

サルヴァトーレは平坦でありながら、怜悧な刃を思わせる鋭さで切り捨てる。

だが、そう易々と非を認め引き下がるほど、秀は正気ではなかった。




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