瞳に剣呑な光りを走らせ、再び手に力を込めようとしたエリスを、語気を強めて窘めるも、相手は少しばかり不満そうに歌音を見やった。

従順な彼の初めての反発を、こんなときに見るとは思わず、苦情混じりに首を振る。

それから愛らしい面には見合わぬ、厳しい面持ちで秀を見下ろした。

「秀、貴方のとった行いは、ファミリーの戒律に背いています。ボスが帰還次第、相応の処分を――」
「すべてはお前のせいだ」
「え?」

その呟きは、深淵から湧き出す真っ黒な闇を連想させた。

ギッときつく睨みつけられ、面食らう。

「元凶はお前だ……お前のせいで、ボスは変わってしまったんだっ」
「何を言って……」

意味の分からぬ唐突な糾弾に、困惑する。

ボスが変わった?訳が分からない。

秀は動きを封じられているとは思えぬ、鬼気迫る勢いで、漲る憎悪を喚き散らす。

「ボスがコーサ・ノストラを捨て、ただの企業に転身すると言い出したのは、すべてお前が生まれてからだ。私が何度、マルティーニの進むべき道を訴えても、ボスは一向に聞き入れては下さらなかった。歌音、お前のために!」

鼓膜を殴りつけた怒鳴り声に、彼が何を言っているのかようやく理解した。

サルヴァトーレが正業へと転身することに、一人反発し続けていた秀。

その原因は歌音にあると言っているのだ。

あり得ない。

いくら家族を大切にしているとは言え、自分の父親はそこまで甘い人間ではない。

我が子可愛さに裏社会を退こうとするほど、臆病でもない。

長年片腕を務めて来た秀ならば、よく分かっているだろうに。

仮に、サルヴァトーレが本当に歌音の身を案じて、マフィアをやめるようとしているのなら、当の昔に足を洗っているはずだ。

そうでなければ、歌音に危害が及ばないようにと、血縁関係を完全に隠蔽しているに違いない。

歌音が十八歳を迎えるまで、何の動きもしていない相手に対し、何故そんな思い違いが出来るのか。

考えるも、答えは容易く弾き出された。

秀は認めたくないだけなのだろう。

裏社会において一時代を築き上げた己の絶対神が、特別な理由もなく現在の地位を捨てることを、受け入れられないのだ。

何がしかの外的な要因を求めた結果、選ばれたのが歌音というだけ。

不満と苛立ちのぶつける先を見つけ、憎悪を注ぐことで自分自身を納得させたのである。

盲目だ。

八年前までの長い時間を共に過ごしたと言うのに、未だに秀はありのままのサルヴァトーレに気付いていない。

想像で造り上げた紛いものばかりを信じ、真実を見ようとはしない。

自分たちもこうなっていたのかもしれないと思うと、薄ら寒い心地になった。




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