「何も分かっていない、貴方は。僕がどれだけ要に救われているのか。僕がどれほど要を必要としているのか。貴方が「失敗作」と断じた逸見 要が、どれほど僕を護ってくれているのか、分かっていない」
「……」
「貴方にとっての成功作とはなんですか。守るべき対象を孤独に突き落とすことですか?要やエリスくんの心を殺すことですかっ?秀、貴方は間違っている」

沈黙が、落ちた。

誰も動かぬ静寂は、確かな衝動を孕んできりきりと引き絞られて行く。

停止した時間が再び流れ始めるのは、数拍の後。

「っ!」
「エリス!」

唐突に背後へと腕を引かれた歌音は、何が起こったのか理解するまでに、数秒を要した。

庇うように少年の前へと立ち塞がったエリスが、伸ばされた秀の右手を虚空で捕まえている。

歌音の喉元を捕らえるはずだった指先が、仕損じた悔しさをぶつけるように拳に変わる。

微動だにしないエリスの体越しに覗く反逆者は、形だけの微笑みをかなぐり捨て、忌々しげな表情を露にしていた。

「どけっ」
「出来ません」

きっぱりとした響きには、強固な意志が感じられ、決して退かぬことを主張している。

秀の元で学んだエリスが、まさか師である男に盾突くとは思わなかった。

護るべき主人の危機とは言っても、歌音が寸前に告げた言葉を考えれば、予想外としか言えない。

びくともしないエリスの拘束を、秀は技術で持って逃れると、そのままかつての教え子の顎を狙って手掌を繰り出す。

最小限の動きでかわした男は、その腕の関節に片手を掛けるや、足払いと同時に秀の右肩を引き倒した。

仰向けに転倒しても尚、腕を解放せずに、間髪入れず手首を捻って追い打ちをかける。

最後に腹部へと容赦のない一打が叩き込まれ、秀の体が絨毯の上で不自然に跳ねた。

「っ、ふぐ……はっ、はっ……」

血も戦闘も好きではないが、これは自分のために引き起こされたのだ。

瞬き一つせずに注視していた歌音は、荒い息をつく秀とは対照的に、少しも呼吸を乱していないエリスへ制止をかけた。

「エリスくん、もういいから」
「はい、歌音様」

こくりと首肯をした男は、敵の腕を放すことさえなかったものの、追撃を停止させた。

秀は一頻り堰きこむと、掠れた声を吐き出す。

「エ、リス……お前、どういうつもりだっ」
「主をお守りするのが、私に課せられた役目です」
「そいつはお前を捨てたんだぞ!お前を捨て、失敗作を選んだ愚か者だっ」
「……」
「エリスくん、駄目だよ」
「……歌音様」




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