「あ……」

目覚めると同時に、掠れた一音が喉から零れた。

干乾びた声道が突然の発声に驚いて、軽く咽る。

ようやく治まったものの、少年の唇からは熱い吐息が、浅い呼吸と共に吐き出されていた。

場所は自分の寝室。

火照る上半身をゆっくりと起こして、慣れた室内を見回すも、己以外の人の姿はない。

枕元のサイドボードに置かれた水差しを、グラスに傾けつつ、歌音は灯りの落とされた孤独な空間に一人安心した。

今は誰にも会いたくなかった。

眠る逸見の腕から密かに抜け出したのは、夏の朝日が昇る頃。

気配に敏感な男だ。

歌音が出て行くことに気付いていただろうに、引き止められはしなかった。

ぼんやりとした状態で、どうにか部屋まで到達した歌音は、夢から覚めたように動き出した理性に潰れそうになった。

立場を捨て、偶像を破壊し、互いの真実を知るために重ねた肌。

しがらみに捕らわれ隠し続けた本能を剥き出しにして、蓄積された想いのまま幾度も汗を繋げた。

眩暈がするほど満ち足りた、幸福な刻。

一変して、足元から這い上がって来たのは、対極に位置する恐怖だった。

逸見は歌音を見た。

歌音の持つ、人間らしい醜さを、浅ましい欲望を。

彼と何一つ違わない、徒人であると知ってしまった。

すべては己が望んだことだから、僅かにも後悔していないけれど、恐ろしい心地になるのも仕方がない。

逸見が触れたいと望んだのは、真実の「歌音」ではなく、彼にとっての「歌音」だったのではないのか。

彼にとっての光りであり、存在意義になり得る、救済者ではないのか。

神格化された「歌音」とは似ても似つかぬ己を知って、果たして逸見は何を思うのだろう。

変わらず想いを傾けてくれるのだろうか。

求めてくれるのだろうか。

歌音に出来ることと言えば、裁定を待つのみだ。

逸見がどのような答えを出したとしても、受け入れる覚悟は彼に懇願した時点で出来ていた。

深く息を吐き出しながら、目を瞑り、少年は再びベッドへと沈み込んだ。

慣れぬ行為は細い身体に相当な負荷をかけたようで、全身が鈍い痛みを訴えている。

発熱もしているから、今は療養が必要だった。

引かれたカーテンの隙間から漏れ入る茜に、今が夕刻であることを察したとき、部屋の扉が控えめにノックされた。




- 56 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -