ハッと相手を見直せば、両腕は過重に震え、足元もおぼつかない。

本が積まれているせいで、前方すら満足に見えていないのだろう。

それでも尚、逸見に頼らないのは。

「意地を張るほどのことか……?」

思わず漏れた心の声は、いやに大きく響いて、逸見はバッと口を手で覆った。

今、自分は何を口走った。

自覚したところで後の祭り。

発せられた毒にも聞こえる本音は、歌音の鼓膜を揺らしてしまった。

斜め後ろに着いていた逸見を、勢いよく振り返る碧眼が瞠っている。

「あ、あの歌音様。今のは――」
「わっ!」

焦燥に駆られた弁明が、最後まで音になることは終ぞなかった。

ただでさえ危うい均衡を保っていた本の塔が崩れ、釣られた少年が階段を踏み外したのである。

完全なるアクシデントにおいて、逸見は冷静だった。

歌音と本のどちらも守るのは不可能だと即座に判断し、有事の際、誰よりも俊敏に動ける身体で、滑り落ちるはずだった歌音の腰を右腕一本で引き上げた。

左の手は保険として手摺を掴んでいたし、足も踏ん張りをきかせていた。

計算外だったのは、抱え込んだ歌音の体重だけ。

「っ……!」

まさかここまで軽いなんて。

完全に力の加減を間違えて、勢い余った逸見は、助けた存在ともども尻もちをついてしまった。

最後の意地で、歌音の体を自分の腿の上に乗せ庇うことに成功するも、虚を突かれたのは事実だった。

バサバサッと何冊もの本が落ちていく音を遠くに聞きながら、早鐘の如く鳴り響く心臓を無理やり宥める。

「歌音様、お怪我はありませんか?」
「だ、いじょうぶ……。ありがとう、逸見」

放心気味の応答に、背後から外傷を確認していた側近は、ふぅっと呼気を逃がした。

張り詰めていた筋肉が弛緩する。

よかった。

自分がついていて歌音に万が一のことがあっては堪らない。

果てのない安堵が広がり、逸見は上から歌音を見下ろすと、口を開いた。

「歌音様、もう少し注意を払って下さい」
「あ……」

このとき腕の中の小さな主人が、なかなか我に返らなかった理由を、逸見が理解する日は訪れない。

呆れたように下がった眉と、優しく眇められた瞳。

頬の筋肉を緩め、綻ぶ表情。

それは逸見が歌音に見せた、最初の微笑みであった。




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