「歌音様、どちらですか?」

アメリカの邸宅には、広い図書室が設けてられていた。

読書家のサルヴァトーレの趣味で、主要な屋敷のどこにも図書室があるが、ここがもっとも蔵書数が多い。

十人頭領(カーポデチナ)以上でなければ足を踏み入れることを許されていない、聖域とも言うべき部屋に、逸見 要は躊躇いもなく入室をすると、探し人の名を口にした。

父親の虐待から救出されて間もなく、逸見は主人である歌音と共に渡米した。

あれからもう一年ほどが経過したと言うのに、今でも定期的に診察を受けるよう義務付けられている。

サルヴァトーレの厚意とは分かっていても、歌音の傍を離れなければならないのが不満で、逸見は診療室を出るとすぐに図書室へと足を向けた。

血を受け継いだのか、歌音もまた相当な読書家で、在宅時の多くは私室ではなく図書室にいるのだ。

「逸見?」
「歌音様、ただ今戻りました」

並ぶ書架の間から出て来たのは、ふわふわとした橙色の髪を持つ天使。

出会ったときにはほとんどなかった身長差は、たった一年で彼の旋毛を見下ろすほどにまで開いた。

十分な食事と健康管理によって、二次性徴に突入し始めた逸見と異なり、歌音は未だあどけなさの残る顔をしている。

それがまた、一層彼から現実感を剥奪していた。

「お帰りなさい。先生は、何て?」
「特別に問題はない、と」
「そう、ならよかった」

上目で微笑む歌音は、言葉に反して少しだけ寂しげだ。

悲哀の香りのする微笑の理由に心当たりはなく、逸見は変わらぬ表情のまま唇を引き結んだ。

歌音と共に過ごすようになって、気付いたことがある。

彼はよく、この笑い方をする。

それも、逸見に対してだけ。

滅多に会えない両親はもちろん、気さくに話かけて来るファミリーの幹部たちには、年齢に見合った屈託のない笑顔を向けるのに、己と対峙するとたちまち無垢な表情は寂寥感を帯びる。

最初の頃は、そうでもなかったと思う。

歌音は側近に過ぎない逸見に、よく話しかけてくれたし、嬉しそうに笑い声を零していた。

衰弱していた体の療養中には、逸見が断っても看病をしてくれたし、鍛錬で負傷をすると誰よりも心配をしてくれた。

会話の数は今の方が多いし、彼に逸見を疎む気配は見受けられないからこそ、歌音の笑みが気になった。

「逸見?」
「はい」
「何かあったの?」
「え……」

本の背表紙を辿っていたはずの目は、いつの間にか逸見を見上げている。

異変を悟られてしまった己を恥じつつ、首を横に振った。




- 53 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -