手荒く床に押し倒され、歌音は衝撃に顔を顰めた。

その隙にシャツの腹から滑り込んだ手が、少年の肌に直に触れる。

抱える熱情とは裏腹に、逸見の体温はひんやりと冷たくて、ザッと鳥肌が立つ。

胸元を這う骨張った大きな掌は、愛撫を施すどころか歌音の真っ白な肌に容赦なく爪を立てた。

心臓を鷲掴みにされた心地になるほど、怜悧で直接的な痛み。

「いっ……」
「歌音、俺を突き飛ばせっ」
「いつ、み」
「罵って、逃げて、憎んでっ……頼むから、抵抗をしてくれ!」

理不尽な仕打ちをしているのは、他でもない逸見自身だと言うのに。

最初に抗う手段を封じたのは、紛れもなく逸見本人だと言うのに。

甚大な痛みに見舞われたが如く、苦しげにその疲弊しきった面を歪めた男は、根底からの叫びを吐き出した。

きつく寄せられた柳眉の下では、泣き出しそうな眼が歌音を見下ろしている。

彼との交わりを隔てる眼鏡越しの視線ではなく、ありのままの眼差しが降り注がれている。

浮かぶ想いは判然としないけれど、尊ぶものを映す輝きは存在していない。

穢れなき聖人に傾ける忠誠は、存在していない。

逸見 要は、歌音を見ている。

悟るや、混乱していた頭が一気に正気に戻り、霧散していた理性が蘇った。

奥深くから湧き上がる、衝撃と歓喜。

「どうして?」

歌音の声は、大気を震わす雷鳴に掻き消されることなく、白く染色された室内に落ちた。

予想外のセリフだったのか、激昂していたはずの男が瞠目した。

すっと持ち上げた両腕で、彼の首を引き寄せる。

吐息の混じる極限の距離で、狼狽している瞳を覗き込めば、強い輝きを秘めた碧。

「どうして、抵抗しなければならないの?逸見」
「か、のん……」

展開について行けない男が、途切れがちに呼ぶ己の名に、眩暈がしそうだ。

学院にいる間に慣れていたはずなのに、この屋敷に着いてから初めて耳にする、余計な符号を取り払った音色は、これまでとはまるで異なる特別な響きで、歌音の内側に染み込んで行く。

「ねぇ、逸見。今、君にとって僕は主人ではないよね。守るべき君主ではないよね。神格化した別人の「歌音」ではないはずだ。でなければ君が、こんなことを出来るはずがない」
「ぁ……あ、俺は、歌音、様――」
「やめて。そんな風に呼ばないで、そんな目で見ないで。僕は聖人なんかじゃない」

急速に現実に還ろうとする男を、無理やり引き止める。

咎めるように睨めば、相手が硬直したのが分かった。




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