夏の日差しを遮るように、高く広く伸びた新緑の枝を見上げ、歌音は深呼吸をした。

肺に滑り込む空気は、想像以上に清々しい。

周囲に立ち並ぶ木々の香りに、気分がよくなる。

煉瓦畳の街路に落ちた、斑模様の影の上で、くるりとターン。

「ここに来るのは、久しぶりだね」

にっこりと笑いかける先には、一人の男がいた。

制服ではなく、シンプルなTシャツとウォッシュ加工を施したジーンズを身に着けた彼は、眼鏡の下でやわらかく微笑んだ。

何ごとかを企んでいそうな笑顔とは異なるそれは、学院の人間が見れば間違いなく絶叫する。

逸見の日本人らしい、自然な色合いの髪が、陽の光りで薄茶に輝いた。

「前に来たのは中学のときだから、三年ぶりか」
「ぜんぜん変わってないね……。相変わらず静かだ」
「奥様は喧騒が嫌いだからな。俺もここの静けさは嫌いじゃない。同じ田舎でも、学院よりよっぽど快適だ」
「……まぁ、そうだね」

生徒会補佐委員会会長という役職に就く逸見の弁は、やけに実感がこもっている。

前生徒会書記でもあり、学院内で確固とした地位を築いている彼は、その卓越した容姿も相まって生徒たちの注目の的だ。

現生徒会会計である歌音も、群集からぶつけられる歓声の威力を知っているだけに、否定することは出来なかった。

やたらと学内行事の多い碌鳴学院で、一学期最後の行事であるサマーキャンプが終了したのは、つい先日のことだ。

一泊二日を学院所有のキャンプ場で過ごすイベントは、決して穏やかに幕を閉じたわけではない。

厄介な問題が立て続けに発生し、行事を終了した後も事後処理で数日を要した。

さらに六月の頭にやって来た、転校生の長谷川 光の失踪は、未だ明確な解決を迎えたわけでもなさそうで、こうして長期休暇を取ってしまったのは、少々心苦しかった。

「お休みもらって、本当によかったのかな」
「前から申請していたんだ、気にすることもないだろう。当面、必要な書類は片付けてあるし、会長相手に遠慮する意味もない」

逸見はきっぱりと言い切った。

確かに、学院を出る前に挨拶に行った生徒会室で、生徒会長の穂積 真昼は不遜な態度で「こっちはいいから、早く行け」と言ってくれた。

だが来学期に控える行事の数は、一学期を大きく上回る。

例年ならば、夏季休暇中も学院に残り、生徒会総出で準備に勤しむはずだ。

歌音と逸見を除く残りの生徒会役員は、今も書類のタワーと格闘中だろう。

申し訳ない思いの歌音だったが、彼の身内には対立する二つの感情も存在していた。

「そろそろだな。疲れてないか?」

少し心配そうに訊かれ、歌音は苦笑を零した。

駅からここまでは、徒歩で来た。

送迎の車を出すからと何度も言われたが、歌音はきっぱりと断ったのだ。

学院とは違う森林の中を、散策出来るせっかくの機会。

車窓越しに楽しむだけなんて、勿体無い。




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