「い、つみ……」
「何も変なことはない。お前の方こそどうしたんだ」

右の手はそのままに、左手が歌音の細く頼りない肩へとかかる。

ぐっと力を加えられれば、さらに動きが抑制されて、ただでさえ凍りついた体が本当の意味で身動ぎすら出来なくなった。

逃がさない。

声もなく、言われた。

「呼吸が浅いし、短い。瞬きの数も少ない。少し汗ばんでいるし、体温も下がっている。お前の方が、よほどおかしいだろう。まるで何かに怯えているようだ」

淡々と肉体の状態を指摘すると、彼はくすくすと愉快げに笑って見せる。

その様がまた、歌音の中の危機感を煽った。

これは、誰だ。

こんな彼を、歌音は知らない。

穏やかなのは声音ばかりで、言動の一つ一つがひどく残虐で狂気じみている。

抵抗を許さぬ二つの手、甚振るようなセリフ、こちらの内心を看破していながら、決して許すつもりはないと主張する双眸。

こんな逸見を、歌音は知らない。

「歌音」
「っ……!」

愕然とした状態で成す術もなく相手を見つめていた歌音に、不意に近づいた逸見の唇を回避できるはずがなかった。

触れ合う。

静かに、優しく。

ひたりと押し付けられたそれは、特別な動きもなく、すぐに離れてしまう。

口付けと言うには、随分と清らかで味気ない。

だが、至近距離で交わった視線の中に、紛れもない情欲の色を見つけた瞬間、すべては激変した。

一度目は油断をさせるためだったのだと、気付いたときには手遅れだ。

灼熱の眼に動揺しているうちに、逸見の唇が歌音のものに食らいつた。

餓えた獣が極上の獲物を貪るような性急さで、角度を変えては何度となく唇を啄ばまれる。

荒々しい動きの中には、欠片ほどの思いやりもない。

圧倒された少年は堪らず目蓋を閉ざし、きつく眉を寄せて強襲する嵐が去るのを待つばかりだ。

そんな被害者の態度に苛立ったのか、下唇に噛みつかれた。

血が滲むぎりぎりの強さに、ぴりっと尖った感覚が走り抜ける。

「んっ……」

じわっと生まれた熱に思わず喉奥で悲鳴を上げると、宥める舌先が腫れた傷口を丁寧に辿る。

弾力のある湿った感触はひどく肉感的で、生々しい。

背骨の中心を刺す細かな身震いが止まらない。




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