「逸……見……」

干乾びた喉が、掠れた音を搾り出す。

その無様な音色は、尾を引く空の轟音に掻き消されることもなく、二人の影が浮き上がった室内に痛いほど響いた。

「歌音」

名を呼ぶ、彼の声。

逸見 要の声だ。

実際には然程の時間も経っていないだろうに、随分と長い間この声を耳に入れていなかった気になる。

けれど背筋を駆け抜けていった震えは、恐怖にも似ていた。

「っ!」

間近に感じる体温から、いきなり部屋の奥へと突き飛ばされた。

初めての威力は小さな体には強過ぎて、床へと投げ出される。

見知った相手のこれまでを振り返れば、考えもしなかった暴挙。

驚愕と混乱に支配されて、打ちつけた身体の痛みも忘れ男を見上げたとき、少年は目を見開いた。

鋭い、あまりに鋭い二つの眸だ。

深く沈んだ色の奥に、煌々と燃え盛る仄暗い熱を揺らめかせ、向かい合った歌音の体の自由をいとも容易く奪ってしまう。

ただ降り注がれるだけの視線を、真っ向から受け止めるしかない。

指の先さえ己の意思では動かせぬ錯覚に、歌音は底知れぬ不安を感じた。

窓の外で繰り返される光りの明滅は、男の憔悴した姿を幾ばくかの時をかけて伝えた。

こけた頬は端整な顔立ちに陰影を生み、目の下の隈と合わさり痛々しい。

常にかけている眼鏡のないことが、追い詰められた精神状況の悲惨さを想像させる。

己の罪を、突きつける。

何を発することも出来ず、ただ彫像のように相手を見上げ続ければ、逸見の口元が緩やかに笑みを形作った。

純粋な笑みとは程遠く、彼らしい策略家の微笑ともかけ離れた歪んだ表情に、心臓が騒がしいまま凍りついた。

「どう、したの、逸見……」
「何が?」

逸見は座り込んだままの少年に視線を合わせて片膝をつくと、不自然に口角を持ち上げたまま、優しく先を促した。

ずいと伸ばされた右手が首にかかる。

「様子が、へ、ん……だから。逸見、逸見」

長い指が喉へと絡みつき、ともすれば一挙に呼吸を奪われてしまうだろうと、直感。

僅かな丘陵を親指の先で擽るように引っかけられて、少年はゾクリと走った奇妙な悪寒に慄いた。

不味い。

本当に、不味い。

脳内で激しく鳴り響く警鐘の叫び、鮮やかに灯る警告の赤。




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