◆
歌音は、しっかりとエリスの胸に抱きとめられていた。
彼が持っていたはずの本は、階段の踊り場まで散らばり落ちている。
あの物音は、きっとこれが原因だ。
「申し訳ありません。御身の安全を優先して、本を投げ出してしまいました」
「ううん、気にしないで。僕がぼぅっとしていたのがいけないんだもの。助けてくれて、ありがとう」
慌てて言えば、エリスはふっと頬を緩めた。
人形めいた顔が、緩やかな笑みを浮かべる。
初めて目にする、はっきりとした笑顔。
「歌音様は、少し不注意です」
――歌音様、もう少し注意を払って下さい。
眩暈がした。
デジャヴュ。
眼前でくすりと笑うエリスに、逸見の姿が重なる。
同じだ。
いつかのときと同じなのだ。
エリスと一緒にいて、逸見を思い出すわけ。
答えはとてもシンプルで、あまりに残酷だから、すぐに分かったのに目を背けていた。
エリスは似ているのだ、出会ったばかりの頃の逸見に。
僅かな動きしか見えない面も、無機質な瞳も、機械的な忠誠心だって。
何もかもが、歌音の側近になりたての逸見と似ているから、歌音は連想せずにはいられない。
エリスに慣れていたのではなかった。
エリスに親しみを抱いていたのではなかった。
歌音はエリスに、過去の逸見を見出していただけだ。
そうして、別人故に発生する違和感は、歌音に逸見の存在をさらに強く喚起させた。
「ぼく、は……」
「歌音様?どうされました」
「ごめっ……ごめんエリスくんっ!」
一気に膨れ上がった罪悪感が、破裂する。
- 45 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]