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「ボスがお戻りになられたそうです。夕食はご一緒にとのことでした」
窓から覗く中庭をぼんやり眺めていると、エリスはそう教えてくれた。
今日は朝から天気が悪く、昼を過ぎた頃から、遠くの雲がグレーに染まり始めた。
ずっと屋内にいては息が詰まってしまうと、出来るだけ外へ散策に出かけていた近頃の歌音だったが、怪しい天気に図書室でのんびりと時間を過ごしていた。
夕刻が迫る前に、暗雲がぐるぐると唸りだし、昨日までの快晴には程遠い剣呑な稲光を、時折翳った空の隙間からチラつかせている。
嵐でも来るかもしれない。
「うん、わかった」
手元の洋書に銀のしおりを挟んで閉じた。
窓際のテーブルの上には、他に十数冊の厚い書籍が平積みにされている。
どれも部屋に持ち帰るつもりでキープしておいたものだ。
時刻は五時になる。
そろそろ部屋に戻るかと、席を立った歌音の意図を察したのか、エリスはその本を抱え上げた。
「あ、いいよ。重いでしょう?」
「いえ、問題ありません。お部屋までお持ち致します」
首を横に振る彼だが、ハードカバーの洋書が塔を築く量では、重くないはずがない。
ならば半分だけでも自分に持たせて欲しいと願い出るが、エリスは強情だった。
「歌音様のお力になるのが私の役目です。どうぞお気になさらず」
「でも……」
どう説得しようかと考えあぐねている隙に、エリスは先に歩き出してしまう。
慌てて後を追うも、彼の後姿はよろめくこともなかった。
それどころか、本を抱えたまま扉を開けて待っていてくれているではないか。
「ありがとう」
言うだけ無駄だと悟った歌音は、苦笑混じりのお礼を述べた。
「いいえ。歌音様は、読書がお好きなのですね」
「うん、趣味とまではいかないけれど、好きだよ」
「お部屋にいる間は、ずっと本をお読みになっていらっしゃいます」
「そうかな……?」
言われて思い出してみる。
確かに自分は、ここのところ部屋にいれば、仕事をするか本を読むかのどちらかだ。
学院から持ち帰った仕事も、粗方片付いてしまった分、これまで以上に読書の時間は増えている。
歌音が本を読んでいる間、エリスはと言えば、室内の片隅でひっそりと佇んでいる。
一定の頃合でお茶を運んでも来るので、側近と言うよりも歌音の執事のようだった。
逸見とは、まるで違う。
歌音は息を詰めた。
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