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彼によって永らえた命。
彼のために使わずして、何に使う。
それは、彼の正体を知っても、僅かにも揺らがなかった。
逸見が回復をした頃に、サルヴァトーレから正式に紹介された天使が「歌音」だと
告げられたのに。
殺意を抱くほどに憎く感じていた心は、改めて己を探せば溶けたように消失していて、影すら見えない。
ただ、驚いただけだ。
その驚きも、歌音が死にかけの自分が見た天使ではなく、生身の人間であったことへの方が強かったかもしれない。
以降、逸見は歌音の忠実な側近として、傍にあり続けた。
失敗作の烙印を押された身ではあったが、何をしてでも愛らしい少年を護らせて欲しいと強く思う。
そんなこちらに応じるように、歌音は一歩一歩、確実に心を開いてくれるようになった。
「逸見」と呼ばれれば、子犬のように飛んで行った。笑顔を向けられれば、鋼になりかけていた胸の中央が、ほんのりと陽だまりに温もるようで、嬉しかった。
近付けば近付くほど、傍にいれば傍にいるほど、歌音は誰よりも大切な主人になって行く。
護りたい。
彼が自分を救ってくれたように、自分も彼を護りたい。
護りたい。
他の誰でもない、自分だけが彼を護りたい。
慈悲深く、清らかで、神聖な彼を。
歌音・マルティーニを。
逸見は知らぬうちに、あるいは最初から、惹かれていた。
恐ろしいほどのスピードで。光の速さで。
自覚するのもまた素早くて、認めた途端に全身が歌音を求めるようになっていた。
護りたい、触れたい。
触れたい、護りたい。
気が狂いそうな理性と欲求の交錯の末、苦肉の策で手に入れた「忠実な側近」の仮面。
これさえあれば、自分は歌音の傍にいられる。
側近の名目の下、公然と彼の背後に控えることも、背に庇うことも出来る。
それなのにどうして、今、歌音は傍にいないのだろう。
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