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父から課された任務を遂行出来なかった罰として、容赦のない暴力を受けたあと、数日もの間地下室へ閉じ込められていた。
ここ最近は、以前よりも折檻が激しくなり、独房にぶち込まれることも多々あった。
言うまでもなく、食事は出ない。
怪我の手当てもない。
もっとも逸見が辛かったのは、手足を刺す気温だった。
天井間際の明り取りには鉄格子のみがはめられ、凍える冬の気温が傷ついた素肌を取り囲む。
意識が朦朧とし始めたのは、地下に落されてから、三日目の早朝であった。
もっと早くから、動かぬ体は何度も自分を手放しかけて、どうにか気力だけで持ちこたえていたが、いよいよ死が目前に見えていた。
絶望の中、一人誰にも知られず生を終わらせようとする。
曇った眼で辺りを見回しても、誰もいない。
誰もいない場所から、誰もいない場所へ行こうとしている。
逸見は久しぶりに、恐怖を感じた。
ずっと麻痺していた心が、いきなり目を覚ますように、正気に返った。
どうせなら、永き眠りにつくまで麻痺したままでいて欲しいくらいの、圧倒的な孤独感が呼び寄せた恐怖だった。
なのに、諦めていた。
萎縮し絶望に圧し掛かられて、もう無理だと諦めた。
このまま己だけ、暗い中へ消えて行くのは仕方のないこと。
足掻けば余計に寂しくなる。怖くなる。
むしろ永らえてどうなる。
結局はリピート再生をされる毎日なのだから、目を閉じてしまった方がよっぽど楽だ。
何度も何度も言い聞かせ、今にも虚勢を凌駕する孤独を、苦痛からの解放の安堵とすりかえた。
あぁ、ようやくだ。
ようやく終わる。
そう、思い込もうとした。
戸惑いを含んだ呼びかけは、そのとき。
「きみ、どうかしたの?……けが、してる?」
心配そうに訊ねた天使は、血と埃で汚れた逸見の頬に躊躇いもなく触れた。
あたたかい。
人の熱。
自分ではなない、他の誰かの持つ、熱。
一人きりの闇が、天使の纏う光の粒子で眩く照らされた気がした。
自分よりも小さく、けれど自分よりも余程ふっくらとした柔らかい手によって、救い出されたとき、逸見は自分が仕えるべき人間は、この天使しかいないと確信した。
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