「だれ?」

耳にしたことのない声だった。

澄んだそれは鈴の音に似て、今にも消えそうな意識を浮上させる。

逸見 要は、十歳だった。

シチリアに拠点を置く、巨大ファミリー・マルティーニのボス、サルヴァトーレの片腕を務める父のもと、ずっと組織の内部で育てられた。

その自分が、知らない声。

何より、ここに誰かがやって来たということに、驚愕する。

強烈な闇への招待を振り切り、閉ざしかけた眼をもう一度開いた。

待っていたのは、オレンジ色の髪をした、天使だった。

歌音・マルティーニ、十歳。

朝日で出来た白い翼の天使に、目を瞠る。

それがまさか、秀から執拗に聞かされていた、首領(カポ)の一人息子だったとは、驚愕に浸る逸見はちらとも思わなかったのだ。

マフィア構成員の子供は、幼い頃からマフィアとしての素質の有無を選定される。

頭脳の明晰さ、人並みを越えた度胸、身体能力の高さ。

様々な要素が評価対象となり、同年代の子供の中で群を抜いていた逸見は、将来を期待される有望株だった。

あっと言う間にナイフの扱いを習得し、銃器も自在に操れるようになった。

勉学に置いても非常に優秀で、企業家としての側面が強まり始めた当時のマルティーニでは、周囲の誰もが逸見の活躍を信じて疑わなかった。

だが、そうそう完璧な人間が、存在するだろうか。

逸見の実力は、膨大な鍛錬によって鍛え上げられたものに過ぎなかったのだ。

兼ねてから後進育成に熱心だった秀は、中でも自分の子供である逸見に対し、異常な教育熱を注いだ。

親の愛をもっとも必要とする年頃、逸見にとって親の口から飛び出す台詞は弾丸でしかなかった。

なぜ言う通りに出来ない。

無能は無能らしく努力をしろ。

日常的に浴びせられるのは、当然目に見えない攻撃だけではなく、逸見の服の下は常に打撲痕が刻まれていた。

精一杯の努力をしたつもりでも、小さなミスを見つけては、秀は罰を下す。

時に殴られ、時に蹴られ、痛む体を翌日にはまた暴力で跪かされる。

虐待ではない、彼曰く「折檻」。

しかし、被害者の受ける行為が暴力であるのならば、それの何が違う。




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