九年前。

あの、暗く深い奈落の底。

与えられる孤独と罵声。

出口の見えない、繰り返されるだけの時間に。

自分は―――

「ちが、う……違う、俺はっ!」

焦燥に駆られて叫ぶことは、出来なかった。

ぐっと胸倉を掴まれて、窓ガラスに体を押し付けられる。

襟を捻るように持つ腕が、逸見の言葉を奪うが如く、首を圧迫した。

「何が違う。この、失敗作がっ。お前の中に生まれた忌むべき感情の種は、今尚この胸に巣食っているはずだ。赦されぬ感情が、育っているはずだ。違うかっ!」

違う。

違う、違う、まったく違う。

歌音を傷つけようなどと、思っていない。出来るはずがない。

差し伸べられた、ただ一つの救済の手。

血と狂気に塗れた生臭い世界において、淡く瞬く光り。

けれど。

ぶつけられる糾弾を、真っ向から打ち落とせない。

種類は違えども、赦されぬ感情は確かに有しているのだから。

愕然と音を失くした逸見に気付くや、男は放るように手を離した。

トンッと勢いのままガラスにぶつかり、ガシャンッと嫌な悲鳴が背後で聞こえる。

そんな腑抜けた姿を睥睨してから、秀は忌々しげに言った。

「……ボスからの言づてだ。歌音様がエリスとお前、どちらを正式な側近として選ぶか決まるまで、結論は保留する」
「え?」
「結果は決まっているがな」

乱暴に扉が閉まり、部屋に一人きりになるまで、彼は何を言われたのか呑み込むことが出来ずにいた。




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