◇
九年前。
あの、暗く深い奈落の底。
与えられる孤独と罵声。
出口の見えない、繰り返されるだけの時間に。
自分は―――
「ちが、う……違う、俺はっ!」
焦燥に駆られて叫ぶことは、出来なかった。
ぐっと胸倉を掴まれて、窓ガラスに体を押し付けられる。
襟を捻るように持つ腕が、逸見の言葉を奪うが如く、首を圧迫した。
「何が違う。この、失敗作がっ。お前の中に生まれた忌むべき感情の種は、今尚この胸に巣食っているはずだ。赦されぬ感情が、育っているはずだ。違うかっ!」
違う。
違う、違う、まったく違う。
歌音を傷つけようなどと、思っていない。出来るはずがない。
差し伸べられた、ただ一つの救済の手。
血と狂気に塗れた生臭い世界において、淡く瞬く光り。
けれど。
ぶつけられる糾弾を、真っ向から打ち落とせない。
種類は違えども、赦されぬ感情は確かに有しているのだから。
愕然と音を失くした逸見に気付くや、男は放るように手を離した。
トンッと勢いのままガラスにぶつかり、ガシャンッと嫌な悲鳴が背後で聞こえる。
そんな腑抜けた姿を睥睨してから、秀は忌々しげに言った。
「……ボスからの言づてだ。歌音様がエリスとお前、どちらを正式な側近として選ぶか決まるまで、結論は保留する」
「え?」
「結果は決まっているがな」
乱暴に扉が閉まり、部屋に一人きりになるまで、彼は何を言われたのか呑み込むことが出来ずにいた。
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