「何をしに来た……」

殺気さえ窺える低い恫喝に、嫌な笑みを漏らした秀は、もたれていた扉から体を離した。

憔悴しきったこちらと異なり、軟禁されているにも関わらず、秀は泰然とした余裕があった。

詳細を知らない者が見れば、逸見の方こそ掟に背き軟禁中の反逆者だと思うだろう。

それでも造作は瓜二つの男たちは、それぞれ対照的な様子で向かい合う。

自分の外見はやはり秀にそっくりで、未来を映す鏡の前に立っているように感じた。

「歌音様は、実に賢明なご判断をなされた。お前のような失敗作を捨て、ご自分に見合った成功作を、お傍におくと決めたのだから。そうは思わないか?」
「黙れ」
「仕えるべき主に放り出された気分はどうだ?お前がこれまで、歌音様の側近でいられた方が異常なのだ。私にすら劣るお前が、主の忠実な片腕となれるはずがない」
「黙れっ……!」

とめどない嫌悪感と憤怒の念で吐き出された叫びが、大気を振るわせた。

手負いの獣が、本能で威嚇するようなそれを、しかし秀は心地よさそうに聞いている。

すぅっと目を眇め、策士を連想させる笑みを浮かべた。

「気付かれていないと思ったか?お前の心の揺らぎを」
「……なに?」
「最初からお前は、忠誠心など持ってはいなかった。歌音様をお守りする意思も、命をかけてお仕えする覚悟も、何も持ってなどいなかっただろう」

言いながら、男は一歩、逸見との距離を詰めた。

途端、双肩に圧し掛かる鉛の重さ。

言い返そうにも、喉から音が出てこない。

まさか、まさか本当に見破られていたのか。

この醜い欲の存在を?

背後から鈍器で殴られる錯覚を覚えたのは、次のときだった。

「お前は恨んでいた、憎んでいた、殺意すら……持っていただろう?」

逸見は目を見張った。

状況も忘れ、唖然とする。

この目の前の男は、一体なんのことを言っているのだ。

こちらの戸惑いに気付くことなく、また一歩、秀は歩を進める。

「私がどれほど教育を施しても、どうあるべきか諭しても、お前は抱き続けた。こともあろうに、お守りすべき主へ負の感情をな。気づかぬと思ったか?欺けると、本気で思ったのか?」

意味が分からない。

歌音を害する意思だと?

理解出来ずに混乱しかけた。

そんな息子の態度をどう解釈したのか、秀は鬼の首でも取ったかのような顔で、更に進み寄った。

腕を持ち上げればぶつかる程度しかない、互いの隙間。

「九年前のあのとき、お前は主に対する殺意を抱いた。そんなお前が、いつまでも歌音様を騙し続けられるわけがないだろう」
「九年、前……っ」
「なんだ、その顔は。暴かれて動揺したか?」

不愉快そうに眉を上げる父親の言葉が、しばしの間遠くなった。




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