「私は、歌音様の命に従い、歌音様のために命を投げ打つでしょう。そう教えられていますし、私はそれが「側近」であると認識しております。ですが、それが歌音様にとっての「人形」ならば、私は間違いなく人形です」

無機質な声、無機質な面。

褐色に着色された、ガラス玉の瞳。

インプットされた思考に従い、下される主からの指示を遂行するだけの存在。

趣向を凝らした美しい人形と言われれば、頷かないわけにはいかない。

けれど、カーテンの隙間から漏れ入る陽光に似た、エリスの感情の断片を見つけたのも、また事実である。

まだ、大丈夫。

彼はまだ、大丈夫だ。

歌音は、ふっと柔らかく微笑んだ。

エリスの眉間が、ぴくりと反応する。

「エリスくん、今自分がどんな顔しているか、分かる?」
「……どんな顔、ですか?」

すると、今度は彼の眉が若干寄る。

「困った顔、してるよ」
「え?」
「戸惑った、っていう方が近いかな。自分の顔が動いているの、気付いてないかな」
「……」

指摘されて、彼は真面目な表情をしたまま己の顔に手を伸ばす。

どう動いているのか、確かめるように薄い頬を引っ張っている。

浅黒い肌がふにっと伸びるが、理解には至らないようで、難しそうになった。

「よく……わかりません」
「自分で引っ張ったら、分からないかもね」

苦笑混じりに言えば、エリスは「なるほど」と納得したようだ。

それから、今度は肉を摘むことなく、軽く指で口元を押している。

「ははっ……」
「歌音様?」

おかしそうにクスクスと笑い出したこちらに、今度は驚いたらしい。

その一連すべてを無表情でやるものだから、歌音としては笑わずにはいられない。

微笑ましさと類似した感情が、気持ちを緩める。

天然、と言うやつなのだろうか。

肩の震えが治まるまでに、歌音は結論付けた。

「はぁ……。ごめんね、いきなり笑い出したら驚くよね」
「……申し訳ありません」

図星なのか、否定できないことで所在無さげにするエリスに、再び笑いが込みあがりかけた。

謝る必要なんてどこにもないのに。

そう思うも「人形」に育てられた彼を考慮すれば、Noと返答されなかっただけ大きな収穫だと思い直す。

歌音は初めて心からの笑みを、エリスに与えた。

「君は、自分で思っているよりずっと、人間だよ。それが君にとっていいことなのか、悪いことなのかは分からない。でも、少なくとも僕は、君が完全な「人形」でなかったことが嬉しいし、もっともっとエリスくんの感情を見せてほしいと思うんだ」
「……」
「急じゃなくていい。少しずつ、心の内側を表に出して行けばいいんだ」

どうしたらいいのか分からない。

何と返事をするのが正解だ。

エリスの困惑が、空気を伝ってこちらに届く。

主に対して「忠誠心」以外を持つなと教えられて来たエリスにとって、喜怒哀楽を持つことは困難を極めるはずだ。

死にかけの心に生命の血を廻らせるには、どうすればいいのか分からない。

唯一の思いの他に、何かを宿して果たしていいものか。

彫像と見紛う無感動で美しい面から、時折覗く欠片に、歌音の過去の記憶が刺激される。

今では遥か遠い、記憶が。

「……忠誠心以外なにも抱かれないと、人はとても……孤独になるんだよ」
「歌音様……?」
 ふっと沈んだ表情で小さく呟かれた台詞は、エリスの耳朶を掠めて行った。
「エリスくん」
「はい」
「そろそろ湖に行こうか。お昼は何か作ってもらって、向こうで食べよう。ね?」
歌音はにっこりと笑顔を作ると、漂いかけた暗い空気を霧散させるように立ち上がった。

このまま、慣れて行けばいい。

自分を守る男が、エリスであることに、もっともっと慣れて行けばいいのだ。

胸を締め付けるような苦痛から逃れるためには、それしか道はない。

逸見がいなくとも、寂しさを感じない自分ならば、きっと出来る。

逸見がいなくとも、切なさを覚えない自分ならば、きっと出来る。

例えば失った痛みが、恋しいとしても。




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