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自己を卑下する意思は介在せず、純然な心で「側近」の担う役割を述べるのは、秀の教育の賜物に違いなかった。
「歌音様に気を使って頂けるのは、私には身に余ることで、そして私はどうしていいのか分からなくなります。私は、貴方の「側近」としてお役に立てているのでしょうか?」
エリスの眉が、小さく下がった。
明確な表情の変化はないのに、歌音には人ごみで親に手を放された、子供のように見えてしまう。
答えを希求するエリスの変化を、ゆっくりと受け取った。
「秀が、君にどう教えたのか詳しいことは知らないけれど、彼の言う「側近」の在り方っていうのも一理あると思う。でも、僕が傍にいて欲しいのは、自我のない人形じゃないんだ」
「人形……」
「そう。ただ僕の言ったままに動き、僕のために平気で命を危険に晒す。感情の見えない、無機物みたいな……。そんな人間に傍にいてもらっても、僕は少しも安心できない。守られている気がしない。どれほど長い時間を共にしても、一人きりでいる気になってしまう」
一緒にいるのに、ひどく寂しい。
いるのにいない状態の、なんて傍らの寒いことか。
逸見と出会う以前を振り返れば、孤独という言葉が付いてくる。
ファミリーとして大きくなり過ぎた当時のマルティーニで、ボスは絶対的支配者であり、尊敬と畏怖の対象だった。
その一人息子ともなれば、周囲の反応は相応のものになる。
問題があってはならないと、幼い子供には酷な距離を保ち、至極丁寧な扱い。
壊れ物に触れるように、大切に大切に突き放された。
気さくに話しかけてくれるのは、十人頭領(カーポ・デチナ)の中でも力の強い者や副頭領(ヴィーチェ・カーポ)で、そんな彼らが歌音の周りに常にいてくれる時間的ゆとりはない。
父の職種のカラーを鑑みれば、学校で同年代の友人を作ることも難しかった。
逸見が自分の側近となるまで、歌音は付き纏う孤独に震えていたのである。
ふと蘇ったのは、出会ったばかりの逸見は、今のエリスのように「人形」染みていたという記憶だった。
まだ眼鏡をかけていない顔は、彫像のように固く変化に乏しかった。
なぜ自分は、あんな逸見と一緒にいたのに、寂しさを感じなかったのだろう。
「……私は、やはり歌音様のお役には、立てていないのですね」
沈んだ声音に、はっと我に返った。
いけない、またしても逸見のことを思い出していた。
彼はもう自分の側近ではないのだから、忘れなくては。
防衛本能から大切な記憶に蓋をした少年は、対面に座す今の側近に焦点を合わせた。
エリスの表情は、どこか翳ったように見受けられた。
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