秀が来てから、当初予想していた休暇はまったく変わってしまった。

逸見の態度に胸を潰されながら、父親には悪いが早く学院に戻りたいと願い続ける。

そう、予想していたのに。

朝食の席で、少年は対面の男に目を向けた。

「いかがなさいました?」

すぐに気づいて、食事の手を休めたのは、小奇麗な顔立ちに、野生的な肌色がアンバランスな美形の男。

逸見ではない。

なのに。

「今日は午後から、少し辺りを散策しようと思うんだけど、いいかな」
「承知しました。お時間までに、警護体制を決めさせます」
「ありがとう。無理を言ってごめんね」
「いえ……お気になさらないで下さい」

小さく微笑めば、エリスは困った様子になる。

顔に出るのは、本当に微細な変化で分かりづらいが、ここ数日を四六時中共にしていれば、ある程度読むのに慣れて来た。

一定の法則として、エリスは歌音が彼を気遣ったり、コミュニケーションを図ろうとすると、困惑しているようだ。

朝食を共にとるよう願い出た先日も、当初はひどく戸惑っていたようで、命令として認識するまでどうしたものかと、固まっていた。

「近くに湖があったよね。あの辺りまで足を伸ばしたいんだけど、エリスくんはどこか行きたいところあるかな。日本に来たのは初めてでしょう?観光するようなスポットはないけど、どこかあれば言ってね」
「私のことには、お構いなく。歌音様のお供をさせて頂くだけですので」
「……そっか。うん、分かった」

あくまで肩書きの分を弁える彼に頷き、歌音は食事を再開した。

こちらの動きを受けて、エリスも動き出す。

朝のダイニングには、給仕のハウスメイドを除けば、二人きりだった。

サルヴァトーレは仕事の都合で、早朝から出かけていたし、秀は一部屋に軟禁状態にあるらしい。

逸見は、知らない。

あの日から、彼の姿を見てはいない。

先日明かされたエリスの件もあって、歌音の中では常にまして逸見を気にかける気持ちはあったけれど、自ら彼に関わって行くことは出来なかった。

現状を引き起こしたのは己だというだけではなく、逸見と顔を合わせてしまえば、どうなるか知れなくて、あえて避けているところもある。

自ら手を離したくせに駆け寄ってしまいそうで、彼を渇望する本音を口にしてしまいそうで、怖い。

だから、己の心から目を逸らす。

逸見の存在を追いやって、別の何かで埋めようと必死になっていた。

そうしてその愚かな足掻きは、思いの外順調に行っていた。

エリスのために。




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