◇
冷え込んだ冬の朝だった。
薄く吐き出した息が、真っ白なもやとなっては、上へ上へと上っていく。
小さな天窓から差し込む光源を頼りに、彼はそのもやの行方を眺めていた。
もはや手足に力は入らない。
埃くさい床の木目に片頬を押し付け、投げ出された四肢は僅かにも動かず縫いとめられた標本のようだ。
カチカチと凍える寒さに悲鳴を上げていた歯も、いつからか音を立てなくなって、乾いた唇を細く開けたまま固まっていた。
唯一動くものと言えば、吐息の名残を追う眼球のみ。
流れ込む外気に紛れ、空気に溶けては消える煙を、何とはなしに見つめ続けた。
その瞳さえ、ともすれば目蓋を下ろし、彼を果て無き暗黒へ追いやろうとする。
あぁ、死ぬのか。
少年はそう思った。
これまでに幾度となく抱いた予感に、特別な何かを感じることはない。
ただ、今度こそそのときなのだと、漠然と悟るだけだ。
ほっとした。
熱を失って久しい体は、鋼のように硬かったけれど、全身の筋肉が弛緩した。
ようやく終わるのだ。
自分の命が、ようやく終わりを迎えられるのだ。
しかし、生命の終焉に、純粋な安堵を覚えるには、彼はあまりに幼い。
骨に皮だけが張り付いたような腕は細く、全体的に随分と小柄だ。
頬骨の浮き上がった顔は、過酷な現状に憔悴しきり、異様な迫力を醸し出してはいたが、はっきりとあどけなさが残っている。
十歳がいいところだ。
けれど、他人から見ればあまりに短いこれまでの人生は、彼にとってみれば長過ぎるほどに長いものだった。
訪れる終わりを、心穏やかに受け入れられるほどに。
いや、喜びさえ見出すほどに、長かった。
視界が歪む。
何度目のことだろう。
屋外との温度差がほとんどない室内の、無機質な灰色の壁が湾曲する。
吐き出すもやが、白いフィルターをかけたように、世界を滲ませる。
今度はこれまでのように、時間が経っても目の前が明瞭に戻ることはなかった。
いよいよ来たか。
少年は目を開けている必要性がないと、ようやく気付き、そっと暗闇に沈もうとした。
終わりのない暗黒へ。
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