その部屋に充満した空気は、痛いほどに冷たかった。

全身の血液が凍り始める感覚を、秀は極上のオーケストラを聴く紳士のように、満足げに味わっている。

「あぁ、お変わりないようで嬉しいです、頭領(カポ)。貴方のお傍を離れて、もうどれほどの歳月が経ちましたか。私には数えるのも億劫な時間でした」

絨毯の敷かれた床に跪く側近を見るサルヴァトーレの目は、性質の悪い酔客を見るものとよく似ていた。

迷惑そうに、そして不愉快そうに、柳眉を顰める。

「なぜ、日本へ来た」

ソファの上で長い足を組みかえながら、絶対零度の声音。

我が子と接するときとは、対極に位置する態度は、巨大組織をまとめるに相応しい威厳と貫禄に漲っていた。

一刻ほど前までは、愛しい子供たちとの再会でこの上なく幸せであったのに。

晩餐のメニューは何がいいかと、料理人を呼び寄せようとしたら、とんだ悪い報せが来たものだ。

闇社会からの撤退を進めているとはいえ、マルティーニにはまだまだ敵対する組織は多い。

けれど、ファミリー最大の問題は、この目の前の人物といっても過言ではないと、サルヴァトーレは思っていた。

君主からの質疑に、秀は慇懃な姿勢を崩さず答えた。

「エリスを、歌音様にご紹介するためです」
「リッジョの息子か……それも問題だな。だが、そもそも私は、お前に本家に留まるよう言いつけておいたはずだが?」
「仰せの通りにございます。私もボスのお言葉を忘れるほど、落ちぶれてはおりません。ですが、兵士(ソルダーティ)などを覚えていらっしゃる広いお心で、どうぞ私の話も聞いては頂けませんか」
「私の命令を記憶してなお、日本にまで来たお前の話か」
「……」

サルヴァトーレの皮肉に、秀は無言を貫く。

自分の行動に含まれる非は、きちんと認識しているのだ。

ただし、それは「命令に背いた」という一点のみについてであるのだろう。

本当に、欠陥だらけの男。

瞳の力を研ぎ澄ませたまま、サルヴァトーレは言った。

「話してみろ」

真相を知るには、彼に聞く以外に手はないのだ。

最初から尋問するために、この場に残した。

秀はありがとうございます、と頭を下げてから、曇りのない眼でこちらを見つめた。

「兼ねてから考えておりました。歌音様の側近に、要をつけてはならないと」




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