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今の話で何かがひっかかった。おかしなところがあった。
エリスの言い回しでは、まるで彼が本家に赴く前から、秀の側近教育を受けていたように聞こえる。
そんな、まさか。
「……君が本家に来たのは、六年前なんだよね?」
「その通りです」
「じゃあ、秀と最初に会ったのは、いくつのとき?」
緊張から、喉の奥が干上がっていた。乾いた口腔を潤したくても、グラスに手を伸ばすことは無理だ。
歌音の質問に、エリスはやはり特別な反応もなく、回答した。
「八歳の頃です」
「っ……」
雷に撃たれたような衝撃が、全身に走った。
暫時、呼吸が詰まり肺が萎縮する。
何ということだろう。
秀がエリスに目を付けたのは、彼が八歳のころだと?
逸見が父親の手から解放される、一年も前のことではないか。
逸見がまだ、秀の手の内でもがき苦しんでいるころではないか。
最後の一年、秀はすでに逸見に見切りをつけていたのだ。
失敗作である息子を諦め、新たな自身の後継者を見つけ出していた。
その上で、さらに逸見を縛り付けていたとは。
「歌音様?」
「……てれば」
「はい?」
掠れた呟きに、対面の男が問い返す。
だが、少年の目には最早エリスの姿など見えていなかった。
込み上げる悔恨の念に、視界が暗んだ。
「僕が、僕がもっと早く……見つけていればっ……!」
一年の間、逸見はまったく無意味に、闇の中で一人だったのだ。
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