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疎んじている醜い己のまま、何も変わっていない。
成長していない。
傲慢で脆弱で卑しい、ちっぽけな存在。
見苦しくて、眉を顰めたくなる。
歌音は聖人ではない。
醜い部分を持った、生身の人間なのだ。
どうかお願いだから。
想いを受け入れてくれなくていいから。
真実の姿に触れて下さい。
ぼんやりと中空を眺めていた歌音は、小さな物音に我に返った。
テーブルの上に用意されたグラス。
いつ持って来たのか、内側に沈み込んでいたために、さっぱり気付かなかった。
「アイスティーをお持ちしました」
「……ありがとう」
ミルクとガムシロップも、きちんとついて来る。
コーヒーならばそのまま飲むが、紅茶となるとミルクが欲しい。
もともとストレートで飲む習慣がなかった歌音の嗜好を、エリスは知っていたように思えた。
「僕、ミルクティーが好きって言ったかな」
「いえ、逸見様から伺っております。下げますか?」
「ううん、いいんだ。ありがとう」
婉曲な苦情と受け取られそうになり、首を振った。
飴色の水面へ白を流しながら、思考の拡散も兼ねて躊躇いがちに訊ねる。
「……聞いてもいいかな」
「なんなりと」
従順な答えが返されると予想はしていたけれど、ほっと張っていた肩が緩んだ。
「エリスくんは、どうして日本に来たの?」
「歌音様の側近として、お仕えするためです」
「そうじゃなくって、僕の側近には逸見……要がいるってことは、秀から聞いてなかった?」
「逸見様からは、「失敗作」が歌音様のお傍にいるとだけ、伺っておりました。ご子息とまでは、知りませんでした」
「要と会って、気付いたんだね」
「はい」
それほど、彼らはよく似た親子だった。
姿形は勿論で、逸見の将来がどうなるのかは、秀を見ればいいというほど。
きびきびとした所作や、騎士然とした風格なども類似点だ。
互いに認めることはないだろうけれど、歌音には内面においても二人は酷似した部分があると思えた。
主への堅牢な忠誠心。
仕える相手を神格化し、自身を敬虔な信者とする。
秀がサルヴァトーレへ向ける眼差しも、逸見が自分へ向ける眼差しも、大差がないように感じられたのだ。
出口の見えない迷路へ突入しかけて、歌音は話の方向を変えることにした。
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